続・「共同富裕」を考える

2023-02-16 10:57:00

木村知義=文

月号では「共同富裕」をテーマに述べましたが、ほんの「入口」だけで終わっていますので、もう少し深めておかなくてはと思い「続編」の筆を執ることにしました。 

党大会「報告」巡る討論から 

中国共産党第20回全国代表大会(第20回党大会)を受けて、昨年末、日本華人教授会議主催、東京大学グローバル中国研究拠点共催のセミナーが3回にわたって開かれました。お声掛けがあり2回目に少しばかりの報告の機会を得ました。一言で言えば「中国革命を生きる中国」という視座の重要性について述べたのですが、その際、党大会の「政治報告」(以下「報告」)から「質の高い発展を実現し、全過程の人民民主を発展させ、人民の内面世界を充実させ、全人民の共同富裕を実現し、人と自然の調和的共生を促進し、人類運命共同体の構築を推進し、人類文明の新形態を創造する」という部分を引いて、中国は「高い段階の社会主義」を目指す、人類未踏の地平に踏み出すことになったと述べました。 

続く質疑・討論で、ある先生から「報告」の「共同富裕」に関わる部分で「財産所得を増大させる」とあるが、「どう考えるか?」という質問が出されました。正直に申し上げれば、この部分に特段の疑問も持たずに通り過ぎていたのでハッとさせられたのでした。確かに「財産所得」を増大させるといえば、利子をはじめ株、債券などの金融商品、不動産などの「運用」によって「儲ける」ことが思い浮かびますから、社会主義との関係をどう考えるのかという「問い」にぶつかることになります。そこでその後、大先達ともいえるエコノミストに教えを乞うことにしました。  

「経済は一つ」 

「経済っていうのはね、『一つ』なんですよ、利を求めて動くということにおいては」と切り出した言葉に続けて「その上で、『誰のために』『誰が』統べる(統御する)のか、ということで資本主義、社会主義の違いが生まれると考えると分かりやすいでしょう」と仰るのでした。 

この方は、アダムスミスにはじまりマルクス、ケインズさらに現代経済学にわたって造詣も深く、財界人と共に旧ソ連の産業、経済の視察、米国のシンクタンクでの討論なども重ね、加えて請われて一時政権の経済政策の立案にも携わり、経済の実務にも精通された方です。また中国での講義歴もお持ちでした。従って、あえて分かりやすくこういう端的な表現でお話になったのだろうと思います。 

一般的に、経済は、人間の生活に必要な財やサービスを生産・分配・消費する一連の活動であり、それらを通じて形成される社会関係と説明されます。ゆえに、経済活動は人々に利をもたらす営みとして「一つ」であって、社会主義市場経済においても「財産所得」を増大させる施策は当然あるというわけです。ただし、ひたすら高い利得ばかりを追う理財商品などによって人々と社会が誤らないように「統べる」、すなわち、適正な規制と管理が必要になるというのです。要旨だけ記しましたが、この方のお話は、経済とは何かという本質的な問題に関わるものだと気付いたのでした。 

経済とは「経世済民」を略した言葉であることはよく知られています。「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)う」ということです。中国の古典、隋の時代の王通『文中子』礼楽編に「皆有経済之道、謂経世済民」とあると読んだことがあります。重要なのは「民」のためにということが込められていることです。 

「報告」の中で習近平総書記は、「国は人民であり、人民は国である。中国共産党は人民を指導して国を築いて国を守り、守っているのは人民の心である。治国に常あり、利民を本と為す」と語り、「人民の最大の関心事である最も直接的で最も現実的な利益の問題をしっかりとおさえ」共同富裕を着実に推し進めなければならないと述べています。 

つまり、「共同富裕」とは、経済に本来的に求められているものだという理解、認識が、まず重要になるということです。 


昨年1128日、ザボン栽培基地で収穫にはげむ湖南省永州市道県梅花鎮赤源村の村民。同地では「合作社+基地+農家」のモデルを採用、人々を動員して特色ある果物の生産を精力的に発展させることで、農民の収入を増やしている(新華社)

「分配論」という難しい道へ 

ではどういう道筋でそれを追求するのかです。 

「報告」では、第一に「分配制度」を充実させることを挙げ、「分配制度は共同富裕促進の基礎的制度である」として「労働に応じた分配を主体に多様な分配方式を併存させることを堅持し、一次分配・二次分配・三次分配を適切に組み合わせる制度体系を構築する」としています。また、「さまざまな方途で中間所得層・低所得層の要素所得を増やすことを模索し、多ルートにより都市・農村住民の財産所得を増大させる」としています。さらに、「個人所得税制度を整え、収入分配の秩序を規範化し、富を築く仕組みを規範化し、合法的所得を保護し、法外な所得を調節し、違法所得を取り締まる」としています。「共同富裕」に関わる重要なキーワードがここに詰まっていると言えます。 

給与などの「一次分配」、その偏りを是正する税・社会保障による「二次分配」、高所得層の富を低所得層に移転する「三次分配」ということになるわけですが、「共同富裕」に向けて「分配論」に踏み込むことはそれほどたやすいことではありません。「一次分配」に限っても、経済と社会の発展に必要な企業の拡大再生産を可能にすることと、働く人々が労働に応じて分配を得るということの双方を満たしながら調整、統御していくことだけでも至難のわざというべき難問であることは明らかです。 

私たち日本の足元、岸田首相が当初掲げた「新しい資本主義」から「分配論」が消えてしまったことを見ても「分配論」に踏み込むことがいかに難しいのかが分かります。 

「中国的」という深い意味 

そこで、「中国的」ということをどう理解するのかです。 

ほんの一例ですが、中国の経済改革について勉強するために紐解いた『中国の経済改革』(日経BP 2020年原題『改革方法論与推進方式研究』魏加寧・王瑩瑩ほか 中国発展出版社 2015年)を思い起こします。500ページに及ぶこの大著の第2章「中国史における6つの重要改革」では「戦国七雄の変法(改革)」はじめ、中国の歴史上の改革について実に興味深い研究がなされていることに驚きました。中国の歴史と伝統、文明に根差す分厚い研究を土台に中国の経済政策が立案、構想されていることを垣間見る思いがしたものです。 

もう一つの示唆を挙げておこうと思います。 

ハンガリーに生まれ共産党に身を投じながら「社会主義の建設者から、その批判者に変わった」と語り、ハーバード大学で社会主義と資本主義について講じ、晩年はハンガリーに戻って一生を終えた経済学者、コルナイ・ヤーノシュは、ソ連・東欧型社会主義への「幻滅」というべき「社会主義批判」を語りながらも「私は現実的なものの見方をしており、中国の経済システムはレジリエントだ(しなやかな弾性を持っている:筆者注)」と述べています。 

対極に立つ経済学者の言説ですが、中国の目指す「共同富裕」への道について考える際に記憶にとどめておく価値が十分にあると考えます。 

 

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