中国・日中関係といま向き合うために
新しい年を迎えるということは、本来、期待や希望、心に期するものがあってこの年にかける思いと共に気持ちを新たにするものだと思います。しかし、今年は全く違っています。新しい年をこれほどまでに気の重い状況で迎えるとはいたたまれないものがあります。言うまでもなく、昨年秋の高市早苗首相の「台湾有事」と「存立危機事態」発言によって引き起こされた日本と中国の関係悪化、緊張状態によってです。
新年最初の稿にこんなことを書かなければならないのは本当に残念ですが、日本の私たちにとってどうしても避けて通れない重い問題であり、今後、中国および日中関係と向き合うためには、もう一度ここから始めるしかないという認識で筆を執りました。今回の「高市発言」は、何が問題で、日本の私たちは何を踏まえておかなければならないのか、問題意識の一端を述べて読者の皆さんとさらに深く考える一助にしたいと思います。
高市首相発言の潜在問題とは
高市首相の発言は、昨年11月7日の衆議院予算委員会において質問に立った立憲民主党の岡田克也議員との質疑で飛び出したことはご存じの通りです。「台湾有事」が日本にとって「集団的自衛権」を行使できる「存立危機事態」になり得るとして、台湾海峡問題への日本の武力介入の可能性を示唆したものでした。すなわち、日本が「存立危機事態」と認定すれば中国と戦争することもあり得るということを国会の場で述べたもので、日中関係の根幹のみならず日本の在り方の根本に関わる重大な発言でした。語るべき問題はいくつもありますが、なによりもまず、全ての大前提となる高市氏の台湾を巡る認識に看過できない問題が潜在していることを指摘しないわけにはいきません。
質疑応答における高市氏の言を少しばかりつまびらかに復習してみます。
岡田氏は、「存立危機事態」と「集団的自衛権」の行使について内閣法制局長官にも見解を確かめた上で、「1年前の総裁選挙で(高市氏が)中国による台湾の海上封鎖が発生した場合を問われて、存立危機事態になるかもしれないと発言されました。これはどういう場合に存立危機事態になるとお考えだったんですか」と問いを投げたのでした。
日本の安全保障関連法において「存立危機事態」は、「日本と密接な関係にある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされる明白な危険がある場合を指す」と定義されています。
高市氏は「これはやはり他国に、台湾でしたら他の地域と申し上げた方がいいかもしれませんが」として「例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と答えたのでした。このくだりで、エッと驚いて国会中継のテレビ画面にくぎ付けになりました。
台湾は「他の地域と申し上げた方がいいかもしれませんが」ではなくまぎれもなく「他の地域」です。台湾は「他国」つまり「国家」の範疇で語るべきものではありません。さらに、あえて「北京政府」というのですが、中国には中華人民共和国政府以外に別の政府があるわけではありません。「北京政府」という表現は、1972年の国交正常化に至るまで一貫して中国敵視政策に立っていた日本政府、さらに大方のメディアが、中華人民共和国を「中共政府」と呼んでいたことを彷彿とさせるものでした。
すなわち、台湾を「他国」の範疇で語ることと中華人民共和国政府を「北京政府」と語ることをつなぎ合わせると、高市氏の頭の中では、台湾すなわち言うところの「中華民国」こそ、国家たる中国として潜在していることが読み取れるのです。これは決して「言葉尻」をあげつらっているのではなく、高市氏の中国認識に根差す根深い問題だと言える理由があります。
昨年10月、高市氏が自民党総裁に選ばれて国会での首班指名を待つ段階でのことです。衆議院第1議員会館で開かれた「南モンゴル自由・独立運動の歴史と展望」を掲げた国際フォーラムに高市氏はメッセージを送り「今もなお、南モンゴルにおいて、中国共産党による弾圧が続いていることに憤りを禁じ得ない」と述べるとともに「自由、法の支配、基本的人権など普遍的な価値を共に守るために連帯を強めていきたい」と訴えました。ここで言う「南モンゴル」は中国・内蒙古自治区を指しています。もう一つは、高市氏が自民党選挙対策委員長として遇した古屋圭司氏ら「日華議員懇談会」のおよそ30人が台湾の「双十節」に合わせて訪台した折、高市氏は頼清徳氏への親書を託したのでした。いずれも中国への内政干渉の批判を免れない「振る舞い」でした。
日中国交正常化の原則の重さ
では、こうした中国・台湾を巡る高市氏の認識の何が問題なのでしょうか。それは日本と中国の国交正常化における最も原点と言うべき原則を踏みにじるものだということです。

1972年9月29日北京において、田中角栄総理大臣と大平正芳外務大臣、中国の周恩来国務院総理、姫鵬飛外交部長との間で署名された「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」の第2項で「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とし、続く第3項で「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」としました。「ポツダム宣言」の第8項においては「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルべク」と規定していて、そのカイロ宣言では、台湾、澎湖諸島は「中華民国」(当時)に返還することが記されています。その当時はまだ中華人民共和国は成立していませんでした。従って中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府と承認するのであれば、カイロ宣言の履行を謳っているポツダム宣言第8項に基づく立場とは、中華人民共和国への台湾の返還を認めるという法理となります。すなわち、台湾は中国唯一の合法政府である中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを日本が理解し、尊重するのですから、「台湾問題」は中国国内の問題であるという認識を日中で共有したことになります。よって、日本が「台湾問題」への介入を図るということは日中国交正常化の最も原点となる原則の否定であり、重大な内政干渉となるばかりか、田中、大平氏ら先人の血のにじむような尽力を蔑ろにするものと言わざるを得ないのです。ここに不実があってはならないのです。これは政治の任に当たる者は誰でも知っていなければならないことです。にもかかわらず、高市氏は、日本が台湾に武力介入、すなわち、中国との戦争に踏み込むことがあり得ると明言したのです。まさしく国際法理と信義を踏み越えた挑発と言わずしてなんと言うべきか、言葉を失うばかりです。だから問題は重大で根深いのです。
虚構の「台湾有事」
その上でもう一つ、全てが「台湾有事」の虚構性に基づいて語られる問題があります。「台湾有事」の虚構性についてはかつて本稿で詳細に述べたことがありますので繰り返すことは控えますが、要は、「台湾有事」がやかましく語られるようになったのは、2021年春、ハーバート・レイモンド・マクマスター将軍(第1次トランプ政権大統領補佐官・国家安全保障担当)、フィリップ・デービッドソン米インド太平洋軍司令官(4月退任)、その後任のジョン・アキリーノ海軍大将と言った軍人が連邦議会上院軍事委員会などで相次いで、中国による「台湾進攻」の脅威が迫るという証言を重ねたことにありました。いずれも根拠が一切語られないことを冷静に見据えれば、一連の「台湾有事」論はまさしく「つくられた危機論」であったことが分かるのですが、いまだに、虚構の「台湾有事」論に基づいて中国の脅威と抑止を語る高市氏の認識の浅薄さを指摘せざるを得ません。

このように高市氏の中国認識と虚構の「台湾有事」の論立ての上に語られた「存立危機事態」における日本の軍事行動の可能性は、実に深刻な欠落と誤りをはらんでいることが見えてくるのです。
発言を正さない誤りの深刻さ
こうしてつぶさに見てくると、今更ながら、高市発言のわずか1週間前の日中首脳会談は一体何だったのかという思いが募ります。会談後、高市氏が語った「戦略的互恵関係」の包括的推進と「建設的かつ安定的な関係」を構築していくという言葉がいかに空虚なものかを知らされます。立場を変えてみれば、日本側からの要請を受けて会談に踏み切り、日中関係の在り方とそこで踏まえるべき原則について言葉を尽くして語った習近平氏ならびに中国側の要人が抱く虚しさ、失望と怒りの深さが分かるというものです。中国が撤回を求めたことは当然の理と言うべきです。
中国からの批判に対して、高市氏は発言について撤回しないと明言しました。しかし、例えば北海道新聞の社説は「詳細な状況の検討もせず、平和国家である日本の首相が軽々しく言及するのは、かえって国の安全を脅かすことになる。そもそも、根拠とする安全保障関連法は違憲の疑いが濃い。重大で危うい答弁と言える。首相は昨日『最悪のケースを想定し答弁した。政府の従来見解に沿ったものだ』と説明したが、撤回すべきだ」と諭しました(昨年11月11日)。さらに日本外交の任に当たった田中均氏ら識者も撤回すべきと語っています。真摯に耳を傾けるべき論だと言えます。高市氏が国家の尊厳を言うなら、誤りを正すことが一国のリーダーとしての矜持でなければならないはずです。
中国の「問い」にどう答えるか
高市発言を巡って中国のメディアでは「日本が明確に回答しなければならない七つの問い」が提起されました(人民網日本語版昨年11月21日)。とても重要な「問い」なので項目だけですが箇条書きで挙げておきます。
1 日本の指導者がいわゆる「存立危機事態」を再び持ち出した目的は一体何か?
2 歴史の正義に公然と挑む日本は、戦後の国際秩序の転覆を企てているのか?
3 日本は台湾海峡問題への介入を企てる思い上がった発言で、「台湾独立」勢力にいかなるシグナルを送ろうとしているのか?
4 日本は中国の核心的利益への挑戦、中国統一の大業の妨害を企てているのか?
5 日本の指導者は中日関係を一体どこへ導こうとしているのか?
6 日本は平和的発展の約束を今後も守るのか?
7 日本は軍国主義の覆轍を踏もうとしているのか?
これらの問いを前にして、今私たちは歴史の大きな岐路に立っていると痛感します。いわゆる「嫌中感情」「反中意識」が社会に蔓延し、「中国脅威論」がメディアを一色に染める世情を「新・暴支膺懲の時代」と言い続けているのですが、このままでは隣人・中国との信頼関係を築くことなど夢のまた夢となるばかりか、世界から、時代から取り残された寒貧たる国となってしまいます。
中国では、昨年秋の中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議に提案、採択された「国民経済・社会発展第15次五カ年計画の策定に関する中共中央の建議」をもとに、今年の全国人民代表大会に向けて、さらに検討、議論を深める取り組みが重ねられています。また米国のトランプ大統領の訪中と習近平主席の訪米という相互訪問も予定されています。世界は大きく動いています。旧態依然たる、中国を敵とした脅威と抑止の発想から自由になって、世界の未来を開く構想力と努力こそが求められているのです。過去の歴史に学びながら、われわれの思考と生き方を新しくしなければならないと切に考えます。
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