科学技術強国・中国の今を見つめて

2026-10-09 09:51:00

中国の人工知能(AI)、ロボットにおける進化は、それを伝えるニュースをせき止める暇いとまもないほどで、目を見張るばかりです。日進月歩どころか、もちろんこんな言葉はありませんが、「秒進分歩」というくらいのスピード感も大げさではありません。「中国の今」を知るためには、中国における情報技術(IT)、科学技術の進化についてしっかり学んでおく必要を痛感します。そんな問題意識でニュースを読み返すうち、今年5月に『習近平 国政運営を語る』第5巻の日本語版が刊行されたのを機会に、第1巻から第5巻までを通して、「科学技術」についてどう語られ、どう政策が提起されてきたのかを系統的に追ってみることを思い立ちました。現在のAIやロボットはじめ先端技術の目覚ましい発展について、中国がどんな問題意識で、どう取り組んできたのか、政策の積み重ねの道筋を振り返ることで、中国の今の姿を理解する上で大事な「風景」が見えるのではないかと考えたのです。また、これは、「新時代の中国の特色ある社会主義」を目指して歩みを進める中国を知るための普遍性を帯びた重要な契機となるはずだと考えました。 

上海・世界AI大会の意義  

「過去最大規模となる今年の世界AI大会には多くの人が訪れています。展示スペースは10万平方㍍に及びます。私と一緒に2万歩歩くイメージで中の様子を見てみましょう……」 

これは米経済メディアのブルームバーグが動画で配信している「ブルームバーグTV」のレポーターが、7月に上海で開催された2026世界AI大会会場からライブで伝えた際の冒頭のコメントです。広大な会場を歩きながら、「主要な性能評価で世界トップクラスと言われている中国最大のAIモデル『Kimi K3』も発表されました。AIの活用例は想像力次第で無限に広がります。今年の大会は世界のAIトレンドを決定付けています」と解説してゆき、登壇した習近平国家主席の基調講演に「AI分野で国家安全保障の概念を拡大適用することに共同で反対すべきです」という字幕を付けて紹介する映像を挟みながら「中国はAIを国際的な公共財産にしたいと主張しています」と伝えました。臨場感あふれるライブ動画を見ながら、国内外から詰め掛けた人々のにぎわいと多彩な展示の光景に引き込まれました。 

この世界AI大会は2018年から毎年上海で開催されていて、今回で9回目となりますが、習主席が出席するのは今回が初めてでした。7月17日の開幕式には国連のグテーレス事務総長はじめ102の国や国際機関の代表、産・官・学・研究機関の専門家らが出席しました。展示面積は10万平方㍍超、1100社以上が4000点を超える展示品を出展し、開催期間4日間の来場者は延べ40万人を超えました。また、およそ160のハイレベルフォーラムが開催され、参加した専門家は国内外合わせて1568人に上り、チューリング賞、ノーベル賞、フィールズ賞の受賞者11人を含む海外から432人の講演者が登壇するという、AIに関わる世界最大規模の会合となりました。そして、国内外の180の有望スタートアッププロジェクトがそれぞれの開発した技術や製品のプレゼンテーションを行いました。 

さらに、こうした展示と合わせて「AIグローバルガバナンス・ハイレベル会合」が開催されました。AIがグローバルガバナンスにおける新たな課題であり、AIに関する国際協調を通じてグローバルガバナンスの新たなパラダイムを確立すべきだとして、とりわけ、グローバルサウス諸国がAI開発から平等に利益を得られるようにすること、国連の持続可能な開発のための2030アジェンダの実施に貢献すること、そしてAIが全人類に利益をもたらすようにすることを世界に向けて表明しました。 

また、「世界人工知能協力機構設立協定」の調印式も行われました。この世界AI協力機構は、上海に本部を置く、世界初の政府間AI国際機関で、善意と包容の原則を堅持し、グローバルサウス諸国のAI開発の加速、イノベーション、応用、ガバナンスにおける総合的な能力の向上、技術革命の波への追い付き、そして知識格差の解消を支援することを目指すとしています。 

このように、今回の上海における世界AI大会は、単にAIに関わる先端技術の展示イベントを超えて、特筆すべき世界的意義を持つ会合だったというわけです。 

『習近平 国政運営を語る』を読む  

では、世界を主導する中国のこうした先駆的な取り組みは、どんな考察と論を重ね、培われてここに至ったのでしょうか。 

そこで、『習近平 国政運営を語る』第1巻をひもときます。 

14年6月9日、中国科学院第17回院士(アカデミー会員)大会、中国工程院第12回院士大会(以下、両院)における談話において習主席は、12年の中国共産党第18回全国代表大会で「科学技術イノベーションを社会生産力と総合国力を向上させる戦略的支柱として国の発展の全局の中心に位置付けなければならないと強調している」と述べるとともに、「ロボット革命」が「第3次産業革命」の重要な成長点になることが見込まれることを挙げて、AIの急速な発展にも触れながら、「自力更生は中華民族を世界諸民族の中で自立させる奮闘の出発点であり、自主イノベーションはわれわれが世界の科学技術の高峰を登るために通らなければならない道」だと力説しました。同時に「科学技術の成果を現実的生産力へ転化させることが効率的でなく、スムーズでないという持病が存在している」と問題提起もしています。そして「未来はいつも若者に属すものだ。数多くのイノベーション型人材を擁することは国のイノベーションの活力の所在であり、科学技術発展の希望の所在でもある」と若い世代の重要性に目を向けています。 

こうした言説から、それ以降の、イノベーションによる科学技術の発展と国力総体の発展を目指す、基本的な枠組みとなる考察と提起が読み取れると言えます。それがどう発展していくかです。 

第2巻を開くと、全国科学技術革新大会、「両院」院士大会および中国科学技術協会第9回全国代表大会での談話(2016年5月30日)で、「世界的科学技術強国を建設しよう」という呼び掛けとなります。「総合的に判断して、わが国はすでに重要な影響力を持つ科学技術大国になっており、経済・社会の発展の支え・導きに対する科学技術革新の役割は日増しに強まっている」とした上で「世界的科学技術強国の建設という目標に比べて、わが国の発展はまだ重大な科学技術のボトルネックに直面しており、鍵となる重要な分野のコア技術が他人に束縛される構図には基本的に変化がなく、科学技術の基礎は依然として薄弱で、科学技術革新能力、とりわけ独創能力にはなお大きな差がある」と、足下を厳しく見つめて課題の考察、提起がなされています。 

「いくつかの応用科学技術分野を含む基礎研究分野において、科学研究のひらめきの瞬間性、方式の随意性、ルートの不確定性という特性を尊重し、科学者の自由な想像、大胆な仮説、真剣に証明を求めることを許さなければならない。成果を出すという名義によって科学者の研究に干渉してはならず、硬直した制度で科学者の研究活動を束縛してはならない」と語り、「億万人民の中に秘められている革新の知恵を十分に解き放ち、革新力を十分に勢い良く流れるようにさせることを希望する」と結ばれています。 

その後も習主席の「両院」院士大会、中国科学技術協会全国代表大会への出席は絶えることなく重ねられていたことを、各巻を追うことで知ることになりました。 

第3巻所収の「両院」院士大会における談話(2018年5月28日)では「世界の主要な科学センター、イノベーションの高地になるよう努力しよう」という呼び掛けとなり、世界における「高地」という目標が強く意識されています。第4巻のそれらの「大会」における「談話」(2021年5月28日)では、新たな科学技術革命と産業革命がすさまじい勢いで進んでいると指摘して、「ITやAIを代表とする新興科学技術が急速に発展し、時間と空間、人々の認知範囲を大いに広げており、人類は『人・機械・物』の3要素が融合した万物のスマートコネクティビティーの時代に進んでいる」と語っています。このときの「談話」には「高水準の科学技術の自立・自強を実現するよう頑張ろう」という掲題が振られています。 

新たな質の生産力の中核  

今年刊行された第5巻では、中国共産党第20期中央政治局第11回グループ学習会を主宰した際の談話(2024年1月31日)で「新たな質の生産力を発展させることは質の高い発展を推進する内在的な要請であり重要な力点である」として、科学技術と「新たな質の生産力」との相関を重視するとともに、「内在的な要請」という視角で「質の高い発展の制約要因はまだ多く存在している」「コア技術が他国に制約されている局面はいまだに根本的には変わっておらず」「一部の指導幹部は認識が不十分」とまで踏み込んで省察を深くしていることに気付きます。 

「新たな質の生産力とは何か、いかにして新たな質の生産力を発展させるのか。私はずっとこの問題を考えていて、学術界のいくつかの研究成果にも目を留めている」と述懐する習氏が「新たな質の生産力とはイノベーションが主導的役割を果たし、従来型の経済成長パターンと生産力発展アプローチから脱却し、ハイテク、高効率、高品質という特徴を持ち、新たな発展理念に合致した先進的な生産力の質と状態である」と述べているのは示唆的です。「新時代の中国の特色ある社会主義」の新たな質の生産力と新たな発展理念について、どう模索しながら中国が歩みを進めているのか、新たな中国像がさまざまに浮かんできます。 

そして、24年の全国科学技術大会、国家科学技術奨励大会ならびに「両院」院士大会における談話における、「われわれが築き上げようとする科学技術強国は、世界の先頭に立つ科学技術力とイノベーション能力を持ち、経済力、国防力、総合国力の全体的な飛躍を支え、人類の幸福を増進し、世界の発展を推進するものであるべきだ」という呼び掛けに、中国が目指す科学技術強国の理念と国家像が明確に語られていると感じます。また、この呼び掛けと共に、教育強国という目標が強調されていることに、これからの中国社会の姿を描いていく重要なモメント(要素、要因)となることが読み取れます。 

「参加者」から「開拓者」へ  

こうして5巻を通して読み込んできたのですが、ちょうどそこに、今年の国家科学技術奨励大会、「両院」院士大会、中国科学技術協会第11回全国代表大会における習主席の演説(7月8日北京発新華社=中国通信)が届きました。 

「ここ数年、『両院』院士大会や中国科学技術協会全国代表大会が開催されるたびに、私が毎回出席してスピーチを行っている目的は、まさに党と社会全体を動員して科学技術の発展を支持し、革新の活力を喚起することにある」と述懐する習氏は「わが国は今、世界において科学技術における『参加者』『貢献者』から、『開拓者』『リーダー』への転換を加速させており、革新能力が最も急速に上昇している国の一つとなっている」と自負を込めて語っています。同時にいま中国が抱えている課題についても冷厳に語っています。 

中国における科学技術の進化を一つの視角として『習近平 国政運営を語る』を第5巻まで通して読み込んでみることで、中国の日々の動きの土台に流れるものの見方、考え方を読み取り、そこから「中国の今」への理解、認識を深めてみようという試みでした。一つのテーマを切り口に5巻を貫いて読んでみるという読み方は初めてでした。つまり、今月号のアプローチは、あくまでも中国の読み解きの一つの試みと言うべきものですが、これからの中国の行方について、多くの触発を得て、示唆に富む「中国の姿」が見えてきた気がします。そしてやはり、いま世界は中国を中心軸として動いているという思いを、また改めて強くしたのでした。

  

木村知義 (きむら ともよし)    

1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。   

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