人材は未来を築く原動力 地方政府が優遇策を競う

2018-06-19 15:01:19

江原規由=文 

 「今、中国で最も求められているのは何か」と聞かれたら、「人材」と答える人は少なくないのではないでしょうか。習近平国家主席は今年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)の開催中、広東省代表団との審議に参加した折、「発展は第一要務(最重要事項)、人材は第一資源、創新(イノベーション)は第一動力(原動力)」と強調し、「強国は創新に、創新は人材による」と、人材の役割を高く評価しました。中国は経済大国から経済強国(注1)を目指していますが、人材はそのための基本としたわけです。

 目下、中国では、民生や行政サービスの向上、さらに、「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」、デジタル経済(注2)、新四大発明(高速鉄道、 モバイル決済、ネット通販、シェア自転車)などの新時代の大事業が積極的に推進されています。そんな中、各地方政府は新時代の発展を担う最も貴重な「中国資源」として人材の適材適所に注力しています。

 

争奪戦には「三種の神器」

 最近、中国メディアには、「搶人大戦(人材争奪戦)」などのやや過激とも思える見出しが目立つようになりました。例えば、中国新聞網(4月13日)が報じた「人材争奪戦の焦点―戸籍のほかにこんな恩典も」など、各地方政府が人材獲得に繰り出す「あの手この手」の「三種の神器」は、おおむね、住居確保、戸籍取得、創業への優遇策に集約できるでしょう。新華社通信(4月19日)は、少なくとも、20市の地方政府が戸籍取得で便宜を図ったり、住居借り上げ購入で優遇したり、ベンチャービジネスの起業を支援したりして、人材獲得のための新政策を採っていると報じています。具体的には、一定の条件を満たす大学卒業生には、「未就業での定住は不可」だった規定を「定住してから就業でも可」とするなど、人材獲得のために新たな規定を制定する地方政府や記者会見を開いてまで戸籍取得規定の緩和方針(例えば、さらなる人材獲得に向け戸籍取得条件の一部条件を緩和することに関する意見)を対外発表する地方政府、卒業5年以内にベンチャービジネスを起業する人材に対し最高80万元の起業担保ローンの申請を許可する地方政府、さらに、外地から面接に応じた人材に最高7日間の交通費や宿泊費を支給する地方政府などの事例を挙げることができます。また、人材争奪戦の最前線は、武漢、西安、成都、鄭州、長沙、南京などの発展の著しい内陸都市に多いとの報道もあります(新華網 4月20日)。

 今年は820万人が大学を卒業し、社会人となるとのことです。人材は大卒者に限られているわけではありませんが、その主体といえるでしょう。今年も、各都市で明日を担う人材獲得に向けて世界最大級の就職戦線、人材争奪戦が展開されることは間違いないでしょう。

 

留学経験者や外国人材も

 中国各都市では現地企業も人材争奪戦の主体といえますが、各市政府の人材採用部門とタイアップするケースも少なくないようです。例えば、現地企業から聞き取り調査し、就職説明会を開催するなど、現地企業に代わって人材を募集するなどのケースが増えています。ちなみに、成長著しいインターネット関連など人気業界(注3)での「求人」は、人材争奪戦の最前線といったところでしょうか。

 さて、人材争奪戦では、留学経験者や海外人材にも熱い視線が注がれているのはいうまでもありません。例えば、浙江省杭州市では、海外人材の起業への支援策として最大で1億元を拠出、北京市では、外国人人材のマルチビザ切り替えを許可し、交流目的での訪中に便宜を図ったり、今年3月1日には、「外国人人材ビザ制度実施弁法」(マルチビザの滞在期間、ビザの滞在期限をこれまで最長とする規定)がスタートしたりして、海外人材およびその配偶者や家族も含めた優遇策が全国各市で実施されています。

 目下、中国は世界トップの留学生送り出し国(欧米先進国が主な留学先)で、昨年には初めて60万人の大台を突破しました。同年、海外から帰国した中国人留学生は48万人余りで過去最高でした。注目すべきは、①留学先で「一帯一路」沿線国が新たな注目エリアとなったことで、昨年は中国留学生総数の1割強の6万6100人がこれらの国々に留学しています。②起業する帰国留学生が増えており、昨年末時点で、起業した帰国留学生数が前年比7000人増の8万6000人、関連起業パークは全国351カ所にのぼることなどでしょう。中国人民大学が発表した起業報告によると、中国では、大学生の3割が起業に強い意欲をもっているとしています。その背景には、中央、地方政府の手厚い支援策、例えば、「大衆創業、万衆創新(大衆の起業、創新)」戦略やBATJ企業(バイドゥ、アリババ、テンセント、京東など中国を代表するインターネット関連企業を指す)の躍進、世界の注目を浴びている独角獣企業(ユニコーン企業)(注4)の急速な成長、中国の新四大発明の世界展開などの影響などがあるとする識者は少なくありません。ベンチャー企業から世界的企業へのプラットホームと機会を提供しつつある中国のエネルギーの一端を、中国人材に見てとれるようです。なお、企業派遣による留学は、業界の需要に焦点が絞られており、前年比倍増の3万5900人でした。

 

新たな人口ボーナス形成

 さて、中国の人材争奪戦を別の視点から見ると、その背景には、人口ボーナスが喪失しつつある現実が認められます。改革開放の40年間、中国は高度経済成長を遂げてきましたが、今や、高齢化の時代(注5)にさしかかり、労働力の新陳代謝の時代に向き合っているといえます。そうした状況下、近年増大した人材が新たな人口ボーナスを形成し、中国が求める高質量発展や創新産業(インターネット産業、ユニコーン産業など)の成長を支えていくとみられます。

 もう一点、人材争奪戦を、今年40周年を迎えた改革開放の視点から見てみましょう。改革開放で中国の各都市は競って外資を導入し、経済発展の原動力としてきました。そのもとで、世界と中国、各国企業と中国企業のウインウイン関係が構築されてきたといえるでしょう。今や、多くの中国企業が海外進出し世界とのウインウイン関係を構築するなど、改革開放は新時代を迎えているとみられます。同じことが、中国人材と海外人材との交流にも当てはまるのではないでしょうか。人材ネットワークが、改革開放の新時代の波に乗って、中国から世界へと拡大すれば、世界経済の発展や少子高齢化など未来社会の課題解決の大きな糸口を提供することになるのではないでしょうか。中国で展開している人材争奪大戦にはそんな命題が内在されているといえるでしょう。

 

1    イノベーション型国家、中国のソフトパワーの国際化、共同富裕の基本的実現など

2    インターネット経済ともいう。農業経済、工業経済に継ぐ経済体系

3    最近、インターネット関連人材、ブロックチェーン人材、人工知能(AI)関連人材不足が深刻化

4    非上場で評価額10以上のベンチャー企業が中心。深圳、上海、北京などに多い

5    2016年、中国では65歳以上の人口が総人口の108%を占め、国連標準の同7%を超え老齢化が進んでいる

関連文章