多国間貿易体制の維持へ 進む輸入促進と市場開放

2018-09-28 16:20:55

江原= 

 目下、アメリカファーストに代表される貿易保護主義の動きに多くの国で警戒感が強まってきていますが、同時に、アメリカファーストをはじめとする保護貿易主義に反対の立場をとる中国の対応に世界の関心がますます高まっています。世界第1位と第2位の国内総生産(GDP)大国の貿易摩擦は、2国間だけでは済まない広範な影響を世界経済貿易に及ぼしています。その影響について、10年前、世界経済に多大な混乱を及ぼした米国発金融危機(リーマンショック)の再来を思い浮かべる読者は少なくないのではないでしょうか。当時、中国が打ち出した、例えば、「4兆元(約52兆円=当時)対策」(財政出動による景気対策)は、世界経済を混乱から救う上で大きく貢献しました。時代的背景、事の本質は異なるものの、世界経済の先行きに不透明感が漂っている点で、両大事件には共通点が認められます。習近平国家主席は、「今後10年は、世界経済の新旧原動力が転換する肝要な10年、グローバルガバナンス体制が深く再構築される10年となる」とし、7月25日、南アフリカヨハネスブルグで開催された新興5カ国(BRICS)首脳会議ビジネスフォーラムで演説し、「多角的貿易体制を断固として支持し、世界経済ガバナンス改革を引き続き推進する」と強調しました。中米貿易戦争とまで形容される今回の世界的貿易摩擦の発生は、世界経済が大きく転換しつつあることを、同時に、その転換に中国経済のエネルギーが大きく関わりつつあることを如実に物語っているといえるでしょう。中米貿易摩擦が世界的広がりを見せる中、中国はこの貿易摩擦にどう対応しようとしているのでしょうか。その一端を中国の上半期経済実績など最近の中国の動きから見てみましょう。

 

内需主導型パターンに転換

 今年7月、国家統計局から上半期の主要経済指標が発表されました。GDP成長率は前年同期比68%となり、前年比01下回ったものの、安定成長の方向を維持したと見られています。経済指標から見ると、中国経済は消費と輸入、産業別では第3次産業(サービス産業)とハイテク製造業が、安定成長に大きく貢献していることが分かります(注1)。さらに、地域的には、中国東北地区での投資が回復しつつあり、中国経済の安定成長に貢献したと見られます。総じて、中国経済は内需主導型の成長パターンへの転換と産業構造の高度化が進展しているといってよいでしょう。

 対外貿易では、①貿易黒字が前年同期比で267%減(人民元ベース、以下同じ)となったこと、②中東欧16カ国との輸出入の伸び率が全国平均を大幅に上回ったこと、③民営企業の輸出入が全体のほぼ4割に高まっていること(輸出が主力で同475%)、④内陸部(中西部地区と東北地区)が全国平均の伸び率を上回ったこと、⑤機械電気製品の輸出が増勢を維持し、原油、天然ガス、水産品の輸入が増えたことなどが主だった特徴となっています。

 対中投資は、安定増加の方向にあるとされています。同期に設立された外資企業は前年同期比ほぼ2倍(約3万社)、実行ベースの外資導入額は683億2000万(同41%増)で、製造業(ハイテク製造業など)や西部地区への投資が増えているなどの特徴が認められます。また、対外投資は、同187%増(571億8000万)となり、商務部(日本の省に相当)新聞弁公室は、安定的適正発展(平穏健康発展)と位置付けています。総じて、「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」沿線国、海外経貿合作区への投資が増加傾向にあり、企業合併買収(M&A)方式を主としながらも、グリーンフィールド投資、第3国への外資企業との共同投資(第3国投資)、実物投資など投資の多様化が進んでいます。なお、対外投資の主要分野は製造業と鉱業となっています。

 ちなみに、アメリカファーストの米国の中国経済におけるポジションを見ると、米国は、中国にとって主要外資導入先かつ主要投資先であり、対外貿易では、第2位の貿易相手先となっています。総じて、両国経済には、貿易戦争の戦場でバトルを繰り返すより、ウインウイン関係強化のためのプラットフォームづくりで協力することができれば、はるかにメリットが大きいといえるでしょう。

 

下半期に積極的な財政政策

 国務院は7月23日に開催した常務会議で、下半期の経済運営を、①さらに積極的な財政政策、②さらに適度な金融緩和政策の実施で、経済の脆弱部分を補い(補短板)、既存政策のテコ入れを強化し(増后勁)、民生向上(恵民生)を図るとしています。具体的には、零細企業(小微企業)の発展支持(注2)、特別債券発行使用(1兆3億5000万元)の加速化による地方インフラ整備プロジェクトの早期実現などが特徴的です。リーマンショック時の対応に通じるところがあります。

 目下、中国経済は高速成長から中速成長の新時代を迎えており、その下で、全面的小康社会の実現に代表される民生の向上を希求しています。その矢先に発生した中米貿易摩擦は、こうした中国の既定路線に対する大きな挑戦といってもよいでしょう。

 すでに、中国は世界第2位の輸入国(金額ベースでモノサービスとも世界全体の10分の1前後)となっており、自由貿易体制、多国間貿易体制の維持に向けた市場開放と輸入促進に関わる対応が矢継ぎ早にとられています。この点、例えば、①7月1日から衣行の日用消費財を中心とする輸入関税の大幅引下げ(平均71%)(注3)、②2018年版新ネガティブリストの発表(7月28日から実施した外資企業株式保有率の制限撤廃上限引き上げ、農業エネルギー分野での外資参入制限の軽減等)、③21年、銀行証券基金など全ての金融分野における外資株式保有率制限の撤廃、④22年、乗用車製造業の外資株式保有比率制限の解消などが指摘できます。

 

11月に上海国際輸入博覧会

 今年4月、ボアオ会議で習主席は経常収支の均衡を促進し、輸入拡大を図ると断言しましたが、11月には、上海で世界最大級の国際輸入博覧会の開催が予定されていることも含め、習主席のいう輸入促進策市場開放措置は着々と実行されつつあるといえるでしょう。

 中国のこうした一連の措置は、大幅な貿易赤字の削減を求め、対中輸入製品に関税引き上げを発動した米国との貿易摩擦への対応策として、また、世界貿易の安定発展への一助として多くの国の支持を集めることになるでしょう。さらに、目下、中国が希求している人民の民生向上や高品質消費の促進(例えば、海外の人気ブランド製品、サービスなどの消費拡大の機会創出)にもつながると期待できるでしょう。米国では、今回の米国の一連の保護貿易措置が米国経済や国民生活、米国の威信を損なうことになるとの懸念の声が高まってきているとの報道が増えてきています。

 今回の貿易摩擦は、中国対米国から世界対米国との様相が鮮明になりつつあるようです。さらにエスカレートしつつある場面もありますが、貿易摩擦で利益を得る国地域、漁夫の利を得る国地域はありません。あえて、教訓をくみ取るとしたら、習主席の言う「グローバルガバナンス体制が深く再構築される10年」の第1歩を刻む事件といえるのではないでしょうか。

 

1.68%成長への寄与率をGDP構成比で見ると、消費53(GDP比785%)、投資21(同314%)、純輸出マイナス06(同マイナス99%)、産業構造別では、第1次 (53%)、第2次(404%)、第3次(543%)。

2.毎年誕生する延べ15万社の零細企業への1400億元(約2兆2400億円)のローン目標の実現努力など。

3.衣(衣類、靴類、帽子類)、食(水産品、加工食品)、用(家電製品、キッチン製品、化粧品、スポーツトレーニング用品、一部医薬品健康用品)、行(自動車)。

 

 

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