改革開放新時代へ向けて 広東・香港・マカオ大湾区

2019-05-06 14:50:10

=()国際貿易投資研究所(ITI)チーフエコノミスト江原規由 

 

今世紀に入り、911事件、リーマンショック、反グローバリズム、保護貿易主義の台頭、英国の欧州連合(EU)離脱問題など、世界は大きな転換期に差し掛かっているといわれています。転換期というよりグローバルガバナンスの改革期に入りつつあるといった方が的確かもしれません。この間、中国は念願だった世界貿易機関(WTO)加盟を果たし、北京五輪と上海万博を開催、そして、「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」構想を提起するなど、世界における中国の相対的プレゼンスを大きく向上させてきました。その中国は、公正で客観的なグローバルガバナンスの改革を希求し、かつ、人類運命共同体の構築を提起しています。

 

世界最長の港珠澳大橋開通

 このごろ、「新時代」という言葉をよく目にするようになりました。新時代の到来は、グローバルガバナンスの改革や人類運命共同体の構築と大いに関わっていることはいうまでもありません。中国で新時代を画した出来事といえば、何といっても、1949年の新中国成立、78年の改革開放を思い浮かべる人は少なくないでしょう。いずれも世界が注目した一大事でした。今年は新中国成立70周年であり、昨年は改革開放40周年でした。

 今年、新中国成立70周年に花を添え、昨年40周年を迎えた改革開放の新時代の幕開けを象徴する重要な政策が発表されました。その「粤港澳(広東香港マカオ)大湾区計画綱要」は中国経済の発展プロセスにおける主要な一里塚となるのではと、内外から関心と期待が高まっています。

 なぜでしょうか。改革開放は広東省の4経済特区から始まったといえます。経済特区は当時、外資導入拠点として大胆な環境整備や政策が実行されるなど、改革開放のシンボルでした。その後、経済技術開発区などの各種各様の同類の外資導入拠点が中国全土で花開きました。(注1)

 香港、澳門(マカオ)は改革開放の発表時、それぞれ英国とポルトガルの租借地であり、改革開放の直接的な拠点ではありませんでしたが、広東省が香港、マカオの自由貿易港に隣接している地の利は、改革開放の推進に大きく貢献してきています。昨年9月には、中国本土と香港を結ぶ高速鉄道が開業し、さらに、10月には、広東省(珠海市)と香港、マカオを結ぶ海上橋として世界最長(55)の港珠澳大橋が開通しています。両地の経済的、時間的距離は、改革開放以前とは比較にならないほど近くなっています。広大な地域に1日経済圏が誕生しつつあるといっても過言ではないでしょう。この経済圏は国内総生産(GDP)で韓国やオーストラリアを上回ります。

 

世界レベルの広域都市圏に

 改革開放政策の採用で、中国経済は年率2桁に近い(95%)驚異的な成長を遂げ、2010年には日本を追い抜き世界第2位の経済大国になりました。国際通貨基金(IMF)の最新の発表によれば、世界経済の成長率への貢献率は30%超(『経済参考報』2月13日)で、中国は世界経済の発展に最も貢献しています。その改革開放政策をけん引したのが、後に、珠江デルタ経済圏と称される広東省香港マカオ地域を中心とする地域でした。

 「粤港澳大湾区」(現在の経済規模10兆元以上)とは、広州、仏山、肇慶、深圳、東莞、恵州、珠海、中山、江門の9市と香港、マカオの両特別行政区によって構成される都市クラスター(注2)といえるでしょう。今後、世界の新興産業、先進的製造業、現代サービス業の拠点として、最終的には、香港マカオと広州深圳など珠江デルタ都市からなる世界一流のベイエリア、世界レベルの広域都市圏の誕生を目指しています。具体的には、すでに、世界的グレーターベイエリアとなっているニューヨークや東京ベイエリアに匹敵する超ベイエリアの誕生が期待されているということです。珠江デルタ経済圏のアップグレード版でもあるわけです。

 

1国、2制度、3関税区で

 中国には、粤港澳大湾区以外にも広大な経済圏、都市圏構想がいくつもあります。それぞれ異なった特徴、機能、役割があり、同列には論じられませんが、多々ある中の代表例として、大都市圏構想としての京津冀(北京天津河北省)共同発展モデル区、長江流域経済のけん引役としての長江デルタ経済圏(長江下流地域のうち上海、江蘇省、浙江省)、これまで中国の他の都市にはないイノベーションセンターなどを目指す河北雄安新区(深圳特区、上海浦東新区に次ぐ、21世紀初の全国規模の新区構想)(注3)などが挙げられます。

 粤港澳大湾区の最大の特徴は、「一国二制度」の香港とマカオの存在にあるのではないでしょうか。粤港澳大湾区は国としては一つですが、二制度、三つの関税区、3種類の通貨が流通しており、制度的な差異が大きいわけです。具体的には、経済的自由度、市場開放度、ビジネスの円滑性、社会福祉水準などの面で異なっています。こうした他のベイエリアにはない制度やメカニズムが異なるといった特殊状況に、中国はどう対応しようとしているのか、世界は注目しているのではないでしょうか。本稿冒頭で、「中国は、公正で客観的なグローバルガバナンスの改革を希求し、かつ、人類運命共同体の構築を提起している」としました。世界には、体制、制度、経済発展水準の異なる多くの国家があり、価値観、宗教の異なる人々が暮らしています。「違い」という点では、粤港澳大湾区計画とグローバルガバナンスの改革、人類運命共同体の構築は同一線上にあるといえるのではないでしょうか。粤港澳大湾区計画は、一国の一大事ではありますが、その行方と成果は、中国が希求しているグローバルガバナンスの改革、人類運命共同体の構築の行方を見る重要な視点を提供することになるとみられます。

 

 

20181023日に開通した世界最長の海上橋、港珠澳(香港珠海マカオ)大橋(cnsphoto

 

第4次産業革命のけん引役

 国務院香港マカオ事務弁公室(香港マカオ政策と両特別行政区との関係を管轄する政府機関)によれば、粤港澳大湾区の戦略的位置付けを、①活力に富んだ世界級都市群②世界的な影響力を持つ国際科学技術イノベーションセンター③「一帯一路」建設への重要なサポート④中国本土と香港、マカオの高度協力モデル区⑤「住んでよしビジネスによし観光によし」のハイレベルな生活圏、の構築にあるとしています(『経済観察報』2月24日)。

 このうち、「国際的イノベーションセンターの構築」は、突き詰めれば、現在、世界が向き合いつつある第4次産業革命のけん引役として、新時代のグローバルガバナンスの改革形成で中国のプレゼンスを高めることになると期待されます。また、「『一帯一路』へのサポート」については、中国が「一帯一路」を人類運命共同体構築のプラットフォームとしていることから、同建設の行方に大きく関わっていることになります。粤港澳大湾区は、昨年、改革開放40周年を迎えた中国の、新時代の改革開放への大きな第1弾であるといっても過言ではないでしょう。

 

 

注1 国家級経済技術開発区だけでも、2017年末時点219カ所(1万4000企業)設置済み(『経済日報』1月4日)

注2 都市集群(各都市の特徴、優位性を生かした特色ある未来産業などの創出が期待されている) 

注3 河北省(北京南西部)、北京から150

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