刀研ぎ

2020-07-24 16:36:20

 

戴存偉=文

鄒源=イラスト

毎日、まだ暗闇に包まれている時分に、村の東にある小川のほとりから、「シュッシュッ」という音が聞こえてくる。もし月明かりがあれば、月の光で、川のほとりの石の上で刀を研いでいる人を見ることができるだろう。

彼は腰を曲げ、片手で刀のつかを持ち、片手で先端をつまみ、刀を石の上で行ったり来たりさせ、「シュッシュッ」という音を立てていた。時に火花が散って水の中に落ち、すぐに消えた。小川が流れ、小川の中の月光が刀に映って冷たい光を発していた。

彼が何年の何日から刀を研ぎ始めたのか、誰も覚えていなかった。また、彼がどうして刀を研いでいるのか誰も知らなかった。人が彼に、刀を研いでどうするのかと聞くと、彼は「敵を殺す」と答え、さらに彼に「敵って誰?」と聞くと、彼はいつも黙り込んでしまった。さらに尋ねると、彼は不機嫌そうに、「誰か知ったら殺す手伝いをしてくれるのか」と逆に聞いてきた。

そう聞かれると、村の質問者は答えを得るすべがなくなった。

このようにして、空が暗いうちは、彼はずっと村の東にある小川のほとりで刀を研いでいた。月明りがない時には、刀が石の上で散らす火花を見ることができ、月が明るい時には切っ先の冷たい光を見ることができた。

始めたばかりの頃、その刀は2尺の長さがあり、彼は両手を大きく開かねばならず、研ぐのにはとても力が要った。刀は研げば研ぐほど短くなり、まず1尺9寸、1尺8寸となり、のちには研いで半尺になってしまった。村人は彼に代わって焦り、「刀がそんなに短くなったのに、まだ殺っちまわないのかい?」と聞いたが、彼はいつも何も言わなかった。再び聞くと、彼は不機嫌そうに、「焦るなよ。彼にもう少し生きる時間を与えてやるんだよ」と言った。

とうとう、刀は小さな匕首にまで研がれてしまった。彼がさらに刀を研ぐ時には、以前のような力を必要とせず、また、それは敵を殺す武器としてこの上なく最適なものとなっていた。

この小さな匕首は、彼の手の下で、研ぎ石の上で軽快な音を立て、火花を水中に散らした。しかし彼はやはり毎日それを研いだ。こうして匕首はどんどん短くなって、次第に刀を研ぐとき手で刀身を押さえきれなくなった。

最後に、刀身は研がれてなくなり、つかだけが残った。

彼はつかを握り締めて小川のほとりに立ったが、もはや刀の冷たい光は見ることができず、火花が水の中に落ちるのも見ることはできなくなった。

そして、彼が木のつかを小川の中に投げ捨てると、つかは小川の水と共に流れ去った。

村人が彼に、「敵を殺さないのか」と聞くと、彼は「殺すのはやめた。彼を生かしておいてやろう」と言った。

彼の言葉は、木のつかを水中に捨て、水と共に流れ去った時のようにとても軽やかだった。

村で一番賢い老人は、彼が研いでいたのは刀ではなく、心だったのだと評した。

 

翻訳にあたって

中国の「尺」は3尺が1㍍。つまり、最初は70㌢近くあった刀身が研いでなくなってしまったということになる。

日本の「匕首」は、「さやとつかの口が合う」という意味の「合口」から来たもので、中国の匕首と混同され、「匕首=あいくち」となったという。中国で匕首とは、暗殺あるいは護身用に隠し持つ、全長30㌢ほどの短剣のこと。戦国時代末期、秦の始皇帝を暗殺しようとした刺客・荊軻は、地図の中にこの匕首を隠し持っていたと言われる。

动手」には「着手する」「手を触れる」「人を殴る」などの意味があるが、ここでは「殺す」という意味になる(福井ゆり子)

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