夜半歌声

2023-12-27 13:00:00

夜半の歌声 

春の真夜中、寒さは依然として骨に染み入るようで、街には人影も走っている車もまばらであった。 

明人はちょうどある作品にけりをつけたところで、すぐには寝つけず、街に出てぶらぶらしていた。腰が曲がった老人が、旧式の襟巻きをし、人民服を着て、街を一人で歩いていた。彼はゆっくりとした歩調で、何かを探している、あるいは何かを待っているかのようだった。明人が正面から歩いてくると、彼は足を止め、「あの大道芸人を見なかったかい?」と弱々しい声で尋ねた。明人はちょうど考えごとをしていて、ちょっとぼんやりしていたので、無意識に頭を振り、構わずに歩いていった。後ろで老人が長いため息をつくのが聞こえた。 

そのため息で、明人はわれに返った。彼は振り返り、老人がゆっくりと歩き去っていくのを見た。明人は老人の名状しがたい失望を感じた。 

突然、通りの向かいで、耳に心地よいメロディーが鳴り響いた。明人が音のする方向を見てみると、街灯の下に人影が現れた。しばらくの間、男の低いしわがれた歌声が、ギターの伴奏と共に、夜の街頭にこだました。 

これと同時に、あの年老いた後ろ姿も足を止め、たたずんでいるのが見えた。しばらくして、彼はようやくゆっくりと向きを変え、よろよろと戻ってきた。 

歌声は寒々しい夜に、もの悲しく響いた。明人は、この時間に街頭で芸を売るとは、きっと落ちぶれ困窮した芸人であろうと思った。彼はポケットから10元札を取り出し、芸人に施そうとした。 

しかし思いがけないことに、目を閉じ陶酔して歌っているのは、たくましい中年の男だった。あの老人は通りの向かいでまた立ち止まった。彼は耳を傾けて聞き、骨の髄から感動に打ち震えているようだった。明人は芸人に近寄り、お札を芸人の冷たい手に握らせようとしたが、彼はためらうことなくそれを押し戻した。明人が気まずく感じていると、男が小声で耳打ちした。「あの老人は認知症で、一日中ぼんやりしているけど、私のこの『春の夜は寒いか』という歌を聞くと、人が変わったようになるんだ」。 

明人は驚いた。彼は思わず老人を見やった。彼らを見つめていた老人が、思いがけないほどしっかりした足取りでやって来るのを彼は見た。彼は朗らかな少年のように、芸人、そして明人に声を掛けた。「お前さん方、こんばんは!」。彼は古い友人のように芸人の肩をたたき、「あんたの歌はすごくいい。ただ、正確じゃない音がたまにあるけどね」と言うと、彼は低い声で歌い始めた。今度は芸人も驚き、しばらく言葉が出ないようだった。 

老人は朗らかに笑った。「お前さんたちは知らんだろうが、これは私が若い頃につくった最後の歌で、この歌はもう誰も知らないだろうと思ったら、最近、思いがけず、街角で毎日お前さんが歌っているのを聞いたんだ」 

「父さん!」。明人は突然呼び掛ける声を聴いた。それは芸人のものだった。彼はそのとき、老人の肩を抱いて、言った。「父さん、あなたは本当の芸術家だよ。さあ、帰ろう」。老人の瞳が輝き、彼はうなずいて微笑を浮かべると、芸人と共に去っていった。 

翻訳にあたって 

 原文中の「中山装」とは、日本では「人民服」と呼ばれ、前開き五つボタンの上着とスラックスからなる服装で、1980年代の初め頃まで中国では男性のほとんどがこの服を着用しており、旧世代の「制服」のようなものだった。「中山装」と呼ばれるのは、孫文(号を「中山」といい、中国では「孫中山」と呼ばれている)が、日本の学生服(詰襟)と中国式の服を融合して作らせた、あるいは彼が好んで着ていたためなどといわれている。 (福井ゆり子) 

ピックアップ語彙 

(1)稀落 まばら 

(2) 画上句号 けりをつける 

(3)街头艺人 大道芸人 

(4) 想心事 考えごとをする 

(5) 悦耳的旋律 耳に心地よいメロディー 

(6) 耳语 耳打ちする 

(7) 老年痴呆症 認知症 

(8)矫健步伐 しっかりした足取り 

 

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