日本酒と寿司の「中国化」 レベルが上がりより気軽に
ここ3年ほど、毎月上海に出張に行く機会に恵まれ、この都市を間近で頻繁に観察できるようになった。10年以上日本で学び働いた筆者は、上海を観察する際はよく日本と比較してしまい、それによって上海の新たな特徴を見いだすことが多い。
上海市浦東新区にある陸家嘴はにぎやかでおしゃれで高層ビルが林立しており、浦西は歴史的な趣を多く残している。浦西では外国人の口に合う異国料理店が散見し、多くの日本料理店も中国で一、二を争うレベルだ。
十数年前の上海の日本料理店には日系企業の駐在員がたくさんいて、顔見知りに会うこともあった。しかしこの数年でそのような光景はすっかり見なくなった。近年店内で見掛けるのは、日本食を味わう大勢の中国人の若者の姿だ。この現象は上海にとどまらず、北京、広州、青島でもだいたい同じだ。知り合いの料理店の店長や料理長もほとんど中国人になった。店のデザインや料理の盛り付けは東京や大阪とあまり差異はなく、味も昔や日本で食べたものと変わりない。ただ、店とのやり取り、客同士の会話がいつの間にか中国語に変わっただけだ。
日本料理の普及が中国人の消費行動にもたらした変化こそ、今回特に注目したポイントだ。
中華に合う日本酒づくり
中日の飲酒文化には大きな違いがある。中国人はたいてい、レストランに酒を持ち込む。酒を飲む上で重要視するのは料理が豊富であるか否かだ。酒には好きな銘柄があり、年代にさえこだわっていることもあるので、このようなニーズをレストランが満たすのは難しい。日本とは異なり、大半のレストランは酒類を売ることで利益を図ろうとはたいして考えていない。
もし日本で酒を持参してレストランに行った場合、中華料理店であってもおそらく高額な「持ち込み料」を支払わなければならない。和食料理店なら常識のない客だと白い目で見られるだろう。
考えを換えてみて、中国で客が自由に白酒やワインをレストランに持ち込めるのなら、今後、日本酒を持ち込むという選択肢は現れないだろうか? 日本酒は果たして中華料理に合うのだろうか?
一部の日本酒メーカーは中国の習慣にすでに気付いて行動している。
上海で日本酒試飲会に参加したときのこと、広島県の今田酒造本店の今田美穂社長は中国の日本酒卸売業者に自社の「富久長 と」をプレゼンした。この酒は当初から四川料理とのペアリングを考えて醸造されたものだ。筆者も試してみたが、ワインと四川料理の組み合わせと特に遜色なかった。穀物を原料とするアルコール度数の高い白酒が四川料理と古くから当たり前の歴史的関係があるように、日本酒もまたその甘さとわずかな酸味、そして柔らかな口当たりが麻辣(しびれる辛さ)が売りの四川料理と合うのだろう。ワインやスパークリングワインなど低アルコール飲料が好きな90後、00後(1990年代生まれ、2000年代生まれ)の若者のことを考えると、日本酒にも今後大きなチャンスがある。
データを見ると、中国はここ数年、日本酒の主要な輸出先の一つだ。23年と昨年、輸出額の面で中国は世界1位であり、数量は米国よりわずかに低い2位だったが、中国の日本酒卸売業者から聞いた話によると、今年は数量でも中国はトップになるだろうとのことだ。
日本酒が日本料理店で飲まれたり、日系スーパーで売られたりするだけにとどまらず、もし中国の一般的な酒・タバコ店でも売られて、ECの販路がさらに拡大すれば、日本酒はワインのように新たな市場を急拡大できる。たくさんのメーカー(銘柄)があり、消費者が産地や銘柄の違いを味わうのがワインの特徴だ。日本酒も同様に豊富な銘柄があり、多くの産地からさまざまな味わいのものが生産され、十分な楽しみ方ができる。
上海市崇明区で生産されている「老白酒」は醸造方法から味まで日本酒と大差ない。試飲会で日本酒造杜氏組合連合会の石川達也会長から、日本酒と紹興酒は醸造工程で多くの共通点があると聞いた。そう考えると、中国での日本酒生産にも大きな可能性がある。その試飲会では、まさに上海近郊の都市で日本酒の生産にチャレンジしている劉柳という若者とも知り合えた。
中国には日本酒をより広範囲に普及させる土壌がある。そして日本酒の中国化に向けた道筋とは、中国の消費習慣に沿って、醸造工程や販売方法などの面で革新を図り、新たな時代に突入することだ。
回転寿司チェーン人気のわけ
上海の地方紙『解放日報』の5月20日付けの記事によると、上海の日本料理店は4000店を超えているという。大阪は過去数十年の発展で3000店余りの中華料理店を有するに至ったが、上海の日本料理店はたった数年間で目覚ましい普及を遂げた。日本料理店は日本酒の普及において不可欠な存在であり、日本の食文化が中国にどれぐらい浸透したかの重要なパラメーターだ。
最近の中国でのはま寿司の躍進は注目に値する。近隣のレストランは空いているのに、はま寿司は1時間以上待たされるということも北京では珍しくない。
スシローもここ数年飛躍を遂げている。他の日本料理店では1品数十元するが、スシローは1皿10元で食べられる。この価格帯の寿司が北京では人気だ。おすすめの3貫セットには、8元のサーモン、10元の本マグロ、8元のフォアグラブリュレが乗っていて、お手頃に感じる。こういうことが可能なのは、過去数年、日本から海産物を直接輸入できず、中国産の海産物を使用して供給先を広げているためだ。6月29日に中国税関総署が「日本の一部地域の水産物の条件付き輸入再開」を発表したことにより、日本料理の幅はさらに広がるだろう。
上海や北京の日本料理店で日本酒を持参して寿司をつまむというスタイルが今後新たなブームになり、もっと普及するのか、注目していきたい。