紙の城と石の城

2019-07-01 09:44:16
高塚 小百合

 「一日にしてなるのは紙の城である。百年の歳月をかけるのが石の城である」。これは、笹川杯日中交流会に参加して私が思い出した言葉だ。この言葉は、冲方丁氏の小説『光圀伝』の中に出てくる。徳川光圀が明の学者である朱舜水を招き、政治を行う上で大切なことを問うた時、彼はこのように答えた。国の政治に良い結果をもたらす政策とは、目先の利益を追うものではなく、時間をかけ、困難を乗り越えた末に作られるものであるという意味だ。2月に参加した日中交流会での討論テーマは、「少子化現象について~将来を担う私たちができること~」だった。中国と日本の少子化の現状や解決策について話し合ったのだが、そこで驚いたのが、中国人学生たちが日本人・中国人関係なく率直に意見を言い合い熱く議論する姿勢だった。

 特にその姿勢がよく現れていたのが、「女性と男性の社会的地位の差が少子高齢化を招いているのか」ということについて話し合った時だった。私の討論グループには東北部出身の男子学生と貴州省出身の女子学生がいて、彼らが特に激しく議論していた。「中国も日本も女性が家庭を守るという意識がまだ根強くて、働く女性は結婚や出産に二の足を踏んでしまう。」という女子学生の意見に対し男子学生は、「中国は共働き家庭が多い。中国の女性は日本の女性に比べて社会進出している。」と反論した。私は白熱する議論にあっけにとられていたが最終的には、「政治の世界で高い地位に就く女性が少ない。政界に女性が増えないと、子育て政策などで女性の声が届きにくい。」という点で一致していた。

 また「一人っ子政策」の話題が出た時には、彼らが激しい議論をすることに抵抗がない理由が垣間見えた。男子学生が、地方の農村では一人っ子政策と若者の都市への流出によって、子供に面倒を見てもらえなくなった高齢者が自殺するケースが多くあると発言した。すると、貴州省の出身の学生が、「それは違います。」とすかさず反論した。彼女によると、一人っ子政策は省によって基準が違い、貴州省では複数人子供を産んでもよいそうだ。一人っ子政策はすべての省で共通の政策だと思っていた私にとってこの事実はとても驚きだったのだが、それと同時に、住む地方が違うと常識や考え方が違うということも二人の議論を通じて分かった。中国人が人と議論することや対立することに抵抗がないのは、国土が広い中国において、地方ごとに常識や考えが違うのは当たり前であり、意見がぶつかることを当然のことと考えているからではないかと思った。日本人は、「空気を読む」という言葉があるように、対立を避け、予定調和を好む傾向が強い。大学の授業では、外国人の先生から「どうして日本人は自分の意見を言うことをためらうの?」と言われることも多い。授業で行うディベートでは、自分の意見を述べたり、人の意見を否定したりするのは気が引ける人が多いのか、なかなか議論が盛り上がらないことが多い。相手の意見に同調していれば、不要な対立を生まないし、早く議論が終わるからだ。私は、日本人には自分の意見や希望をはっきり言う姿勢が足りないと思っている。それに対し、違う意見にも堂々と反論し、実体験や様々な根拠を用いて少子化について述べる中国人学生の姿はとても新鮮に映ったし、もっと中国の人々、特に同世代の学生と社会問題について議論してみたいと思わせた。

 いま日本ではグローバル化が進み、異なる価値観や背景を持つ様々な国の人々と関わる機会が増えている。そうなると必ず対立が生まれ、解決しなければならない問題も出てくるだろう。その時に、他人との意見の対立を恐れていると、目先の利益を求める「紙の城」のような解決策しか出ない。良い結果をもたらす「石の城」のような解決策を見い出すには、白熱した議論を展開した中国人学生たちのように、対立を恐れず率直な意見を戦わせなければならないと思った。
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