ハルビンでの過去、そしてこれから

2019-07-01 09:44:16
清水 若葉

「日本も戦時中、同じような事をしていたのですよ」これは、アウシュヴィッツ収容所で唯一公認の日本人ガイドをされている中谷剛氏から聞いた言葉です。

私は、日本が中国に対して行った、残忍な過去を痛感した経験があります。それは、高校からの海外研修で、アウシュヴィッツ・ビルケナウの強制収容所に訪れた際のことです。ガス室や監獄を通り、現れた1つの建物。それは、ドイツの医師が収容者に人体実験を行っていた場所です。罪のない人々をまるで物のように扱う、人体実験の話を聞き、なんて残酷な事を行っていたのだと、私はナチス政権を悲観しました。その際に中谷氏が放たれた言葉が、「日本も戦時中、同じような事をしていたのですよ」なのです。この言葉を聞き、私は日本史の授業で学んだ、七三一部隊が脳裏に浮かびました。

日本軍による人体実験の舞台は中国でした。その中で最もよく知られている七三一部隊は、石井四郎軍医中将によって作られ、中国東北部のハルビン郊外にありました。そこでは、致死的な生体実験を秘密裏に行われていたのです。施設の集まった地区は、高電圧電流が流れる有刺鉄線を張り巡らした土塀で囲まれていて、外部から完全に遮断されていました。被験者を閉じこめておくための特設の監獄が二つ設けられ、厳重な監視が行われていました。これはまさに私が見た、アウシュヴィッツ第二収容所と同じ光景です。

当時の日本人は、他の民族の人々を差別し、人道的に扱うに値しない存在なのだという偏見を生み出しました。 ナチス政権がおかれたドイツにおいては、人種差別が、ユダヤ人やジプシーの人々を「人間以下の存在」とし抹殺することの背景をなしていました。同様のことが日本においても起こっていたのです。自らの民族が正しいとし、他の民族を評価してしまう自民族中心主義は、多文化への理解不足や、自国文化への行き過ぎた誇りを持つことで起こってしまいます。日本では明治以来、欧米をモデルにして近代化を進めてきたため、その文化を理想化し、アジア諸国の文化を見下す傾向が指摘されてきました。

彼らの多くは、拷問を受け、正式な裁判もないまま処刑されていました。「どうせ死ぬのであれば、国のために役立って死ぬべきだ」という論理により、人体実験や生体解剖による殺害が正当化されていました。この点においても、絶滅収容所のユダヤ人やジプシーやポーランド人を実験に「利用」したナチスと、構造的に共通しています。

日本が中国の人々に対して行った人体実験は、決して許されるものではありません。しかしこの出来事は、普通の日常に端を発した事であり、それは今日の日本でも医学部入試での女性差別など、形や程度を変えて続いているという事実に改めて気付かされました。人種差別や女性差別の問題は、未だに残っているのです。ハルビンで行われたことは、遠いようで遠くなく、まだ何も解決していない問題であると思いました。日中の関係が社会問題となっていますが、日本は過去に中国に対して行ってきたことを認め、それに相応した態度を取る必要があると私は考えます。

人種差別は、よく他民族に対して行われます。しかし、互いの文化を理解し、認め合うことで心を通じ合わせることが出来ると思います。私は、中国語の授業を通し、中国は多民族国家であると知りました。チベット族のバター茶を味わう、タイ族の竹の家に泊まる、壮族の掛け合いの歌を聴く。このように現地の人々の文化に触れることでお互いの文化を尊敬できるようになり、友好関係が生まれると思います。

この歴史を学んで上で、今後、私達はどのような行動を取るべきであるか、自分なりの考えを見つけ出していきたいです。同じ過ちが二度と繰り返されないこと、近接した日本と中国の友好化が図られることを私は切に願っています。

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