私を変えた誕生日パーティー

2019-07-01 09:44:16

西山 佳子


731。私たち日本の高校生は、この数字の持つ意味を知らない。一方で、中国の学生は皆この数字に対して、特別な思いを持っている。

オーストラリア留学中のある日のこと、私は中国人の友人の誕生日パーティーに招待してもらった。いつものたわいのない会話中、ふと、話題の矛先は、日本と中国の歴史に向けられた。「731部隊って知ってる?」そう聞かれた私はきょとんとするしかなかった。慣れない響きの言葉に動揺を隠せない私を見るなり、彼女らは顔に驚愕の色を浮かばせた。日本は戦時中、中国に731部隊を設置し、十年にもわたって化学兵器を使った人体実験を行ったという。

恐怖と衝撃、そして何よりも、中国と日本のことを何も知らずに過ごしてきた自分への羞恥心に駆り立てられながら、帰路に着いた。そしてそのまま、「ショックを受けるだろうから、見ない方がいい」と止められていた「黒い太陽731」という映画を食いつくように観た。その映画が私に与えた衝撃は想像ををはるかに超えるものだった。しばらく経っても、画面に映ったその光景が頭から離れなかった。

私は1年間の留学を終え、日本に帰国した。あの時の友人とは帰国後も連絡を取り続けていた。彼女は私と仲良くなったのをきっかけに、日本を訪れると決めたようだが、それを聞いた彼女の祖父母は日本へ赴くことに難色を示したと聞いた。同じように、私の祖父母も私が中国の話をすると、話の続きを聞きたがろうとせず、中国に良いイメージは持っていないような口ぶりをする。彼らはそれぞれに自らが経験してきた辛い出来事を背負って、互いに悪いイメージを持ちながら戦後を過ごして来たのだろう。

しかし、戦争を経験していない、何も知らない私たち若い世代までもが、街ゆく中国人との関わりを避ける必要が果たしてあるだろうか。

私は留学中、中国人の友人の優しさに何度も助けられた。そして彼女と一緒にたくさんの思い出を共有した。彼女は戦時中、日本が中国にしたことを忘れてしまったから、日本人の私に親切にしてくれたのだろうか。いや違う。彼女は731部隊の被害者の数までもをしっかりと覚えていた。それでも毎日私に声をかけ続けてくれたのだ。

「これはただの歴史だからね。あなたのせいではないからね。」私が731部隊の話を初めて聞いた時、彼女の残したこのメッセージがゆっくりと、しかし力強く、私の心に届いた。彼女は、731部隊を許してはいないかもしれない。けれど少なくとも、私個人を責めてもいないし、日本人だからといって私を色眼鏡でも見ていない。これが本来私たちのあるべき姿ではないだろうか。過去にとらわれて、中国人の温かさに触れることを避け続けていては未来は一向に変わらないだろう。一人一人が私の友人のように、「今」の中国を見て、良いところを素直に見つけることができれば、私たちの未来はきっと明るい。

メディアでは、毎日のように複雑化する日中関係が取り上げられ、報道されている。その上、「中国人はマナーが悪い」という言葉を日本でよく耳にする。実際私自身、今まで中国に対して良いイメージを持っていたというと嘘になる。留学先で中国人に会うまでの私は、街中で、できるだけ中国人と関わるのを避けていた。しかし、あの誕生日パーティーの日を境に、私の夢はいつしか、日本と中国を繋ぐ仕事に就くことに変わっていた。日本には、昔の私みたいに本当の中国を知らない人が沢山いる。いや、彼らは知ることを避けている。そんな人々に中国の人の優しさ、文化の美しさを知ってもらいたい。そう思ったのがきっかけだった。いつの日か、今学んでいる中国語を使って日中問題を解決できる、そんな仕事に就きたい。

そう考えていた時、ふと中国人の友人の笑顔が脳裏に浮かんだ。それは、国籍などを気にせず、私に優しく話しかけてくれる彼女の姿だった。彼女は、過去をしっかりと受け止めつつも、まっすぐに未来に手を差し伸べていた。

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