笑顔がもたらす国際交流

2019-07-01 09:43:00

田代 桃子


私が初めて中国を訪れたのは去年の11月。就職活動を終え、最後の学生時代を謳歌すべく訪れたことのない国に行ってみたいと思い、中国への旅を決めた。しかし、私は中国語が全く話せない。一緒に行く友人が両親の仕事の関係で中国語が堪能だったので問題ないと思いガイドブックも持たずに出発した。

到着してからは、クラクションが頻繁になる混雑した道路、想定以上のQR決済の普及、日本と異なるファッションや気候、乾燥、ニュースでよく耳にしたPM2.5などを実際に肌で感じ、驚きと発見の連続だった。滞在2日目の夜、宿の近くにマッサージ店を見つけた。値段を示す看板はなく、観光客らしい姿もない。「日本人だとバレたらぼったくられるかもしれないから、話さないほうが良い。」という友人の勧めに従い、友人が店員とコミュニケーションを取りながら店内に入る後を無言で付いて行った。説明を受け納得できる値段だと分かり、1時間のコースをお願いした。友人は中国語で店員と会話をしながら、私はスマートフォンをいじりながらマッサージを受けた。途中、店員が私のことを尋ねたのだろう。「中国語を勉強していない日本人の子だから、会話ができない」といった意味のことを友人が伝えてくれたらしい。仕方ないといったようなジェスチャーが返ってきた。コース終了後、代金を支払い宿に戻った。

その次の日、日本の半額ほどの値段でマッサージを受けられる機会もなかなかないと思い、再度同じマッサージ店を訪れた。2日続けての来店だ。覚えていてくれたらしく、笑顔で迎えてくれた。同じようにスマートフォンをいじりながらマッサージを受けていた途中、先日担当してくれた男性が中国語で話しかけてきた。私が戸惑っていると、友人が「聞いてほしいものがあるらしい」と通訳してくれた。頷いて待っていると、彼はスマートフォンを取り出した。そのスマートフォンから聞こえてきたのは、「私の髪型は格好いいですか。」という日本語。音声翻訳だった。50代を過ぎたと思われる彼の髪型は薄くなっている部分や白くなっている部分が多々見られる。その頭を触りながら彼は私にウキウキした様子でいたずらっぽい表情を見せていた。きっと中国語が分からない私を笑わせようとしてくれたのだろう。私は思いつく限りの「YES」のジェスチャーを送りながら胸が熱くなるのを感じた。

 言葉が通じないため会話に入れずにいた私と、どうにかコミュニケーションを取ろうと行動してくれた彼のその気持ちがとても嬉しかった。それと同時に、最初に抱いた「ぼったくられるかもしれない」という気持ちを非常に申し訳なく感じた。中国人という肩書に対し、そのようなイメージが浮かんでしまうのは、映画などで描かれている姿に無意識に影響を受けてしまっているのだろう。もしかしたら、中国語が全く話せない2人で訪れていたら本当にそうなったのかもしれない。勿論、旅先で危機感を持って行動することは重要であるが、猜疑心と混同しないようにしたいと強く感じた。

 技術革新が進む現代において、語学学習の必要性は下がりつつあるという意見もある。確かにスマートフォンの翻訳機能を用いた自然なやり取りが可能になる未来はそう遠くないだろう。しかし、だからこそ、海外の人々への関心を失わずにいたい。共通の言語を持ち合わせていなくともコミュニケーションが取れる喜びを今回の旅で感じることができた。彼からもらった温かい気持ちは国際交流の基盤だろう。あの時の嬉しさを忘れず、他人への関心と理解の心を育てていきたい。また中国に行く機会があれば、あのマッサージ店を訪れたい。彼には伝えたいことがたくさんある。その際には、今度は私が彼を笑わせるべく知恵を絞って行かねばならない。どうやって彼を笑顔にできるだろうか。

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