日本語版『血と心』出版
王朝陽=文
第2次世界大戦後の解放戦争時、3万人余りの日本人が中国人民解放軍に加わり、中国の解放と新中国の建設のために独自の貢献を果たしたといわれている。今年87歳になる砂原恵さんもその一人で、1948年に人民解放軍に入り、偵察兵として解放戦争の三大戦役といわれる遼瀋戦役、淮海戦役、平津戦役のうち、遼瀋と平津の戦役に参加した。その数奇な人生を描いた漫画『血と心 元日本人解放軍兵士 砂原恵の波乱の人生』(以下『血と心』)の中国語版が、昨年の新中国成立70周年を記念し、人民中国雑誌社の王衆一総編集長の企画と若手漫画家の李昀氏の作画によって、人民中国雑誌社と新星出版社から同年合同出版された。
中国語書籍専門書店である東方書店の山田真史社長は、昨年夏に行われた中国をテーマとした図書出版の合同会議で『血と心』の漫画化が進行中であることを知り、日本語版の出版を決定。その理由を山田社長は、「視覚に訴えるという漫画の特性によって、当時の戦争の様子や新中国に貢献した一人の日本人を分かりやすく理解してもらえると思ったのです。このようなことを今の日本人に史実として知らしめることは大切なことだと思います」と語る。そして半年に及ぶ翻訳作業と詳細な編集を経て、『血と心』の日本語版が7月21日に正式出版された。
東方書店の入り口近くに平積みされた『血と心』(写真提供・東方書店)
日本語版の編集を担当したのは、東方書店の家本奈都さん。漫画の編集は初めてだったため、当初はどこから着手したら良いか見当がつかなかったが、文字での表現を極力簡潔にし、吹き出しという限られた枠の中に、いかに多くの情報を盛り込むかが大切だと理解したという。そこで、得意分野の文字による表現にウエートを置き、訳文に細かな修正を加えていった。
家本さんの仕事ぶりは、作画担当の李さんにとっても印象的だったようだ。「とても丁寧な仕事をする方で、翻訳の校正への目配りはもちろん、歴史上の出来事の正式名称も一つ一つ確認した上で、細かな修正意見を上げてきました。家本さんのおかげで、作品がよりレベルアップしたものになったと思います」と昨年の編集作業を振り返る。
家本さんのこだわりは紙の選択にも発揮された。「『血と心』はフルカラーでページ数も多いので、中国語版を手に取った時にはちょっと重たい気がしました」と印象を語る。日本の漫画はモノクロ印刷が多いため、見た目は分厚くても実際手に取ってみると軽い。そこで家本さんは発色の良い軽めの紙を選び、フルカラーの良さを生かしながらも読書中の負担を減らすことに留意したという。
日本語版を手に取った砂原さんは、「私の人生が漫画化されるというだけでも十分感動したのに、日本語版まで出て日本の書店に並ぶとは、本当に感激です」と喜びを語る。砂原さんは『血と心』を中日友好事業に携わっていた頃の同僚や友人に贈ったが、漫画を読んで初めて、砂原さんが解放軍の兵士だったことを知った人が少なくなかったという。
1955年に帰国した砂原さんは、諸般の事情で解放軍にいたことを周囲に語ることはなかったが、「人民に奉仕する」という解放軍の主旨を胸に、中日交流事業に心血を注いだ。国交がない時代から多くの中日友好交流関連の活動に顔を出し、国交正常化後は経済交流に注力するようになる。
「当時の友人や同僚は、私がなぜ両国の友好事業に熱心なのかが分からなかったでしょう。漫画を読んで私が解放軍に所属していたことを知り、さぞ驚いたと思いますが、私の中国に対する熱意と前向きな理由を理解してくれたと思います」
砂原さんの熱意と中日交流への確固たる理想は、漫画を介して読者にも伝わり、共感を呼んだ。中国での生活経験がある山本勝巳さんは、「市井に暮らす中国人の姿が印象的でした。砂原さんの中国への思いは、そういった人々との交流があったからでしょう。中国に住んだことがある人ならきっと共感できるはずです」と感想を語った。砂原さんの数奇な運命を知ることで、現代の若者が人生に持つ理想についても考えさせられたようで、「『血と心』は確かに戦時を描いた作品ですが、一人の若者が新中国建設のために苦闘する姿に重点が置かれていると思います。70年以上前の若者の苦闘が今の『中国の夢』を追う人々と重なり、深く考えさせられました」と、中国の「いま」にも思いをはせた。
ドラマで日本人解放軍兵士や「満蒙開拓団員」などを演じたことがある、俳優の黒木真二さんは、『血と心』を読み、今までの役作りの足りなさを思い知ったと語る。「時代背景の描写や人々の心理描写などの情報が豊富で分かりやすく、深く印象付けられました。そして砂原さんや多くの先達が長い年月をかけてこの関係を築いてきたおかげで、今の両国関係があるのだと改めて認識しました。私も日中間の相互理解に微力ながら寄与していきたいと思っています」と自身の今後の活動にも触れた。
出版社に勤務する中島大地さんは、「漫画という形で読者に語り掛けるのは、歴史を知るきっかけとしてとてもとっつきやすい方法だと感じました」と漫画化を評価するとともに、「日本と中国のはざまで、激動の時代に巻き込まれながらも前に進み続けた砂原さんは、本当にすごい人だと思いました」と感動を口にした。