熱烈歓迎のこころ

2020-09-10 14:07:50

蒔苗 真奈


大学に入学したての頃からアルバイトとして勤務している飲食店に、中国人の料理人が1人いる。のちにわたしは中国出身の友人を持つことになり、そして実際に中国に赴くことにもなるわけだが、おそらく人生の中で初めて親しい間柄になった中国人はその料理人である。それまでももちろん街中で見かけたり、親戚の職場にいる中国人の話を聞いたりしたことはあったが、多くの時間を共有したり言葉を交わしたりした経験はこれまで無かった。彼は父の年齢と祖父の年齢の中間くらい、簡単に言えばおじさんというよりおじいちゃんに近いわけだが、初めこそわたしの様子をうかがって仕事上必要な最低限のやりとりしかしていなかったものの、時がたつにつれ頻繁に話をしてくれるようになり、年齢の差を感じさせない親しみを感じるようになった。いつもは他人に対して少し、いや大分口が悪く、自分の話になった時はきまって「おれは中国で最強の料理人だ」「おれの麻婆豆腐は世界一だ」などと豪語しており、そんな様子に内心苦笑いすることもしばしばだが、自分の母や娘のために今も精を出して働いているだけでなく、職場のアルバイトであるわたしの一人暮らしの生活まで気にかけてくれている。特に印象的だったのは彼の恩師だという人が店に食べにきた時のことだった。これまで見たこともないような気の入りようと丹念な準備にも驚いたが、接客を担当したわたしにもこれまでないほどの気遣いがあり、恩師に今の自分を精一杯見てもらいたい、最高のもてなしをしたいという彼の熱意をひしひしと感じた。

そして大学2年生の春、その時感じた熱意に再び出会うこととなる。わたしは学内でチューターの活動を始め、中国出身の留学生を担当することになった。彼女はたいへん勉強熱心で、会って話をするたびに刺激をもらっていたが、それ以上に印象深かったのは「チューター」という関係を超えて「友人」として接してくれる彼女の思いやりの深さであった。料理が好きだという彼女は昼食を作って大学に持ってきてくれたり、家に招いて夕食を振る舞ってくれたりしたこともあった。わたしが2年生の夏休みにとある団体に参加し訪中することが決まった時はとても喜んでくれて、広州に実家のある彼女はわたしの訪中日程に合わせて北京行きの飛行機を予約し、団体の活動の自由時間に現地で会ってくれると言ったのだった。それだけでもわたしは非常に感銘を受けていたが、彼女はわたしの滞在していたホテルまでタクシーで迎えにきてくれ、訪中団としての活動ではなかなか出来なかったショッピングやカフェでの飲食を楽しませてくれた。初の訪中だった私は思った以上に現金もクレジットも使う機会がなく電子マネーでの決済がほとんどという現地の環境に戸惑っていたが、彼女はスマートに決済し、お代は気にしないで、というのだった。

これらの出来事や1週間の訪中を経て学んだことがある。それは中国人のおもてなしの精神であった。訪中の1週間で「熱烈歓迎」という語を何度も目にしたが、この言葉に中国人の精神が非常によくあらわれていると思う。日本語に訳すと「ようこそいらっしゃいました」というような意味の言葉だが、現地で出会った人々、そしてアルバイト先の料理人や留学生の友人に思いを馳せた時、熱烈に歓迎するという漢字の意味そのままの熱意が中国人のもてなしにはあると感じたのだった。そしてそのことに気づいた時、中国という大国のスケールの大きさを改めて実感した。日本も「おもてなし」の文化が古くからあり、他国に誇れる文化として語られる機会も多いが、「熱烈歓迎」の精神から日本が学べることも多いのではないだろうか。島国である日本と、大陸に広大な地を持つ中国。それぞれの持つ性格は違っても相手を思いやるこころは共通である。互いの特徴を知り相互に高め合っていける関係の可能性に期待したい。

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