無意識な差別当事者

2020-09-10 14:07:48

東紗楽


Are you Japanese or Chinese?」私がアメリカの現地校に編入して同級生と交わした初めての会話は、この質問がきっかけだった。その時小学4年生だった私は、たどたどしい英語で一言「Japanese.」と答えると、彼は満足げな表情をしながら早口の英語で何かを語った。当時は彼が何を言っていたのか全く理解することができなかったが、おそらく「日本人なら(この学校に属することを)認める」という趣旨のことを言っていたのだろう。このような中国人に対する偏見を含んだ会話は学校内で幾度となく行われていたからだ。クラスメイトはよく中国人のことを「横入りをする嫌なやつら」だと話しており、それを揶揄して列に横入りすることを「Chinese Cut」と呼んでいた。私が通っていたミシガン州の現地小学校は大部分の生徒が白人で、アジア人の生徒はたったの1%程度しかいなかった。その中でも中国人は特に少なく、私は小学校で過ごした数年間中国人と一度も同じクラスになったことがなかった。中国人と直接関わる機会が極端に少なかったため、同級生の発言や行動が直接的な衝突に繋がることはなかったが、だからこそ、中国人に対する悪いイメージはますます膨らんでいった。一方的な解釈で中国に対して怒りを募らせたり、中国人を見下したりする生徒が沢山いたのだ。

しかし最も恐ろしいのは、私もクラスメイトと同じ考えを持っていたという事実だ。「同じアジア人なのになぜ?」と思う人もいるかもしれない。しかし人は無意識のうちに周りの人や環境から大きな影響を受けている。周りから悪い評価を受けたくなかった私は、誰かの発言や考えを疑いもせずにそのままそっくり受け入れてしまった。長い間学校で時間を過ごすうちに「アジア人に対しての差別や偏見」ではなく、「中国人と同じにされること」に対して嫌悪感を感じることになったのだ。日本人の方が中国人よりも優れているのだから一緒にするなと本気で信じており、中国人と間違えられる度に「I am Japanese, not Chinese!」と過剰に反論するようになった。自分でも気づかぬうちに差別的な考えや偏見が周りから刷り込まれ、無意識のうちに差別の当事者となっていたのである。

私がこの事実に気づいたのは今年の4月、初めて中国の方と一対一で関わった時だ。オーストラリアへ留学を考えていた私は、オンラインで現地の学生と文化や言語を教え合うという学校のプログラムに参加し、中国出身のオーストラリアの留学生と出会った。彼女は、2年前からオーストラリアに留学中で、現在はコロナウイルスの影響で中国に帰っているという。人生でできた初めての中国人とのつながりだった。週に一度のオンラインミーティングを繰り返すうちに、彼女の気遣いのできる真面目で優しい性格に魅せられ、自分が中国人に対して抱いていた悪いイメージはあっさりと崩れ去っていった。「今まで私はなぜこんなイメージを持っていたのだろうか」と自分の過去を振り返った際にようやく、私が中国人に対して抱いていた嫌悪感が差別や偏見の塊だったことに気づいた。これまでの自分の行動・発言が誰かを傷つけていたらと考えると、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいで胸が痛む。

人は周りの影響で自分が気づいていないうちにものの見方が歪んでしまうことがある。これは誰にでも起こりうる話だ。しかし、それが人を傷つけるような過激な差別行為や大きな衝突につながらないように対策することができると私は考える。誰もが差別の当事者となる可能性があることを十分に意識し、日頃からアンテナを立てて様々な人と直接コミュニケーションをとる。人種や性別、宗教など人が属するカテゴリーではなく個人に目を向けることで、自分の差別的な考えや偏見に気づき、考えを改めることができるのだ。

現在私は中国についてよく知るため、中国語を学習することを決意し、いつか中国に行くという目標も立てた。これまで私は中国人に対して偏見だらけだったが、これからは自分の知らない中国についてさらに沢山学習し、周りの偏見をなくすせるように尽力したい。


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