偉大なる隣人

2020-09-10 14:07:10

石川 遥

 

私は幼い頃から中国と関わりを持っていた。仕事で数年間中国に滞在したことのあった祖父から、よく中国語を習っていた。とは言っても、覚えられたのは自分の名前と挨拶くらいである。現地で起きた面白い出来事や、中国人の生活などについての話を祖父から聞き、まだ見たことのない神秘の国への創造を膨らませていたのが、私の幼少期の思い出の一つである。

初めて中国人と交流したのは、三歳から習い始めたクラシックバレエがきっかけだった。その松山バレエ団では、両国の国交がなかった時代から半世紀以上にわたり中国公演を行っている。そのため私は、先生方が中国の歌を歌っていたり、中国公演に向けた練習をしている様子を小さい頃から見てきた。小学生になると、北京校、上海校から毎年やってくる友達を迎えるため、ロビーでの出迎えに参列させてもらえるようになった。迎!!」と先生方に教わった中国語で歓声を上げ、中国と日本の国旗を両手に、ぴょんぴょん飛び跳ねて歓迎すると、中国から東京まではるばるやってきた子供たちとその家族は、いつもとても喜んでくれる。私は彼らのそんな満面の笑顔を見ると嬉しくなった。両国の先生方が再会を喜んでいる姿を見ながら、「なぜテレビや新聞では日中関係が悪いように書かれているのだろう、私たちはこんなにも仲が良いのに。」と幼いながらに疑問を持った。当時の私は、日中が抱える政治的また歴史的問題についてあまりよく知らず、自分の置かれている状況がいかに貴重で喜ばしいことかよく理解していなかった。中学生、高校生になると歓迎会への参加だけでなく、北京校、上海校の子供たちのお化粧を塗るなど、お手伝いもさせてもらえるようになった。彼女たちのリハーサルを見に行った時、地道な努力がうかがえるレベルの高い踊りに圧倒され、畏敬の念を抱いたことが忘れられない。これらの経験から私の心には、中国へのある種の憧れのような気持ちが芽生えた。私が、中国の広い国土や長い歴史、伝統的な文化に興味を持った理由は、幼い頃からの、バレエという芸術を通じた友好活動にあったのである。

私には、中国語圏の友人が二人いる。一人は、バレエで一緒のクラスだった幼馴染だ。彼女は現在アメリカに住んでいるが、今でもやり取りは続いている。もう一人は学校を通した交換留学生で、十日ほどホストファミリーとして受け入れた。はじめは英語での会話だったが、中国語と日本語を互いに教え合い、最後には両国の言葉で簡単な会話ができるようになった。彼女と沢山話をした中で私が最も驚いたことは、彼女が日本の歌を、それも最近の流行曲を知っていたことだった。私も中国語の歌をよく聴くが、まさか日本語の音楽が異なる語圏の国でも知られているとは思わなかった。彼女と歌を一緒に歌った時、私は音楽を通して言語の壁を乗り越えられた気がした。話す言葉こそ違うが、私たちは同じ人間として心を通わせ合った。生まれた国の違いなど、私たちの友情にもはや関係はなかった。

私にとって中国とは、偉大な隣人のような存在だと思う。日本は古代から、中国に政治や文化、芸術など様々なことを学んできた。その影響は今日に続くほど大きい。私は中国に行ったことがないが、いつか絶対に行きたいと思っている。今年から学校の選択授業で中国語を本格的に習い始め、大分話せるようになってきた。大学生になったら中国に留学してみたい。そして文化を通じて中国という国をより深く知りたい。バレエ団の公演『白毛女』を観に行った時、物語の主人公である喜児の、どんなに辛い困難にも負けず生き抜く姿に感動したのを今でも覚えている。白毛女は、人々の協力や団結力の強さを表しているともいえる。新型コロナウイルス感染症の発生で世界的危機に直面している今こそ、国境を越え結束するべきではないだろうか。そしてその日中協力の懸け橋に、私が関わることができたら嬉しい。

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