中日結ぶ詩句 香水で表現

2021-03-17 14:25:59

李家祺=文

山川異域、風月同天。

昨年2月、中国語検定「HSK」の日本事務局が湖北省に送った感染症対策支援物資の箱に記されていたこの8文字は、中国の人々の心を温め、両国が感染症との闘いの中で助け合い、難関を乗り越えようとする精神をも反映していた。

それに触発された中国の香水評論家・頌元さんと、フランスで活躍する日系の調香師・新間美也さんはニッチフレグランス(少量生産の香水)「KOUZOME」を共同制作し、「山川異域 風月同天」の言葉に込められた歴史を世界中の香水ファンに伝えた。

 

KOUZOME(写真提供・頌元)

 

袈裟の色を香りに詰める

香染とは、香料である丁子(クローブ)のつぼみの煮汁で染めた染め色で、黄みと赤みを帯びた茶色のこと。日本では袈裟の色として使われていた。

約1300年前、天武天皇の孫・長屋王は、日本で布教する高僧を招こうと、「山川異域 風月同天」の詩が刺しゅうされた1000着の袈裟を唐に送った。それは鑑真が海を渡り日本に仏教を伝える決意をしたきっかけの一つとなった。

昨年2月末、鑑真の来日をテーマにした歴史小説『天平の甍』を読んだ頌元さんは、袈裟の色からインスピレーションを受け、この中日間の友好交流の歴史を香りで表すアイデアが浮かんだ。そしてすぐにこの考えを長いメールにして新間さんに送った。

新間さんは静岡で生まれ育ち、京都で学生時代を過ごした。その後パリに渡り、香水の世界に身を投じ、「Miya Shinma」という香水ブランドを立ち上げた。

中国と日本で生まれ育った2人は2015年、ミラノの香水展覧会で出会った。「日本の文化と伝統を香水に巧みに織り込んだミヤの作品は非常に特別でした。細かいところまで行き届いた気遣いや匠の精神が反映されていて、深く印象に残りました」と頌元さんは振り返る。

コラボのきっかけについてはこう話した。「17年にパリにあるミヤのアトリエを訪ねた時、ミヤが紹介してくれた新しいシリーズ作品が、日本の伝統色をテーマに作った香水でした。色自身はなんの匂いもしないから、それを香りで表現するのは非常に挑戦的なことです。その時私たちは、『中日間の縁を象徴する色を香りで表現できるかな』と考えました」

それから2年間何回も討論を重ねたが、2人が満足できるような答えは得られなかった。

そして昨年、頌元さんのメールを読んだ新間さんはたちまち賛同した。「時空を超えた日中のつながりから、また新たなつながりの糸が一つつくられようとしていること、そしてそれに自分が関われるということに感動し、うれしく思いました」と新間さんはその時の心境を語る。

 

2017年に新間美也さん(右)のアトリエを訪ねた頌元さん(写真提供・頌元)

 

鑑真持参の薬草も材料に

香水作りはロマンチックに聞こえるが、創意工夫が欠かせない。テーマを決めてから、香りのストラクチャーについて検討し、サンプルを作成し、ストラクチャーを決定し、細かい仕上げをしてから再びサンプルを作成するという流れを何度も繰り返して最終的に出来上がる。

新型コロナウイルス感染症の影響を受けて2人は直接会えなかったが、創作の情熱が損なわれることはなかった。

新間さんが作ったサンプルが、パリから海を越えて北京にいる頌元さんの手元に届く、というやりとりを繰り返す中で「KOUZOME」の匂いが徐々に具現化してきた。

2人はストラクチャーの異なる香水を4種類作り、最終的に「ローズウッド_クローブ_サンダルウッド」に決定した。「香染の原料であるクローブに、力強さを持ちながら落ち着きを与えるサンダルウッド(白檀)や他の貴重な香木を加え、悠久の歳月を連想させるほこりの匂いや温かさ、安心感、袈裟の織物の手触りが表現できました」と頌元さんは説明する。

「頌元さんが『KOUZOME』のイメージに最も近いものとして選んだ香りは、私が感じていたものと同じでした。目に見えなくても、伝えられるものがあります。盲目になった鑑真が教えてくれたことは、香りにも当てはまると思います」と新間さんは言う。

全体を決めた後、2人はさらにディテールを複数回調整した。「鑑真が日本に伝えたものの中には、蓮の花、薬草、香辛料など香水の原材料となるものがたくさんありましたので、これらをもとに作りました」と新間さん。そのほか、「KOUZOME」には中国原産植物であるナツメを大胆に加えた。香水作りにはめったに使われないナツメは、そのほの暗い酸味と渋味で「KOUZOME」の香りをより独特にさせた。

 

交流の力を世界へ

約8カ月間の創作と調香を経て、「KOUZOME」は昨年10月末にMiya Shinmaの世界各地の取扱店で販売された。この香水に対し、頌元さんも新間さんも商品以上の思いを抱いている。

「調香時、日常生活の中での使いやすさなどの商業的な要素はあまり検討しませんでした。私たちの思いをいかに真に表現していくかに全身全霊を打ち込みました」と頌元さんは言う。

新間さんはこう語る。「どんなに世界が変わっても、私たちは同じ空の下でつながっています。香染の色が象徴する人々の気高い気持ちが失われることがないよう願っています」

頌元さんは穏やかだが力強い声でこう語った。「感染症が世界中にまん延する中、さまざまな国の人々が隔てられているようで、人種主義や一国主義の声が高まりつつあります。歴史を振り返れば、中日間には命すら惜しまずに荒波を越えて海のかなたへ自分の知見と思想を伝えようとする人が多くいました。今の世界でその精神はより尊重されるべきでしょう。どんなに世界が混乱しても、国や人種、階層による溝を埋めるために駆け回り、平和と交流の力を伝えようとしている人々がいることをミヤと私は信じています」 

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