自作の時刻表が深める絆

2021-11-26 14:35:56

南部健人 日暮美音=文

中国鉄道時刻研究会=写真提供

今年5月、「中国鉄道都市間所要時間マップ」と書かれた一枚の路線図が、日中両国のSNSで反響を呼んだ。制作したのは、日本語で『中国鉄道時刻表』を制作・出版する中国鉄道時刻研究会。今や中国全土に敷かれた高速鉄道と一部の在来線を、日本の路線図のテイストでまとめたこのマップは、あっという間に日中のネット上で広がり、両国のメディアが取り上げるほどの話題になった。

なぜ日本語で中国鉄道の時刻表や路線図を作り続けるのか。研究会に聞いた。

 

中国鉄道の同人誌を制作

広大な草原や砂漠、中国を形作ってきた巨大な山河……旅情あふれる中国鉄道には、日本では見られない景色が多くある。そうした魅力がある一方で、日本で生まれ育った研究会代表の何玏さんには、中国鉄道の時刻表の分かりづらさが気になっていた。何さんは小さい頃から鉄道が好きで、日本各地の路線を時刻表片手に巡ってきた。「中国の鉄道時刻表も、もっと分かりやすいものにしたい! そんな気持ちを中学生の頃から持っていました」と話す。

そうした思いを抱える中、進学した東京大学でたくさんの鉄道好きの友人と出会い、意気投合した。「みんなで協力して、紙の中国鉄道の時刻表を日本語で作ってみたい。そして、多くの日本人に中国鉄道の魅力を知ってもらいたい」との思いから、2013年に中国鉄道時刻研究会は設立された。

学業の合間を縫い、時刻表の出版に向けて気の遠くなるような作業をこつこつと進めていった。まず現地の鉄道時刻のデータを調べ、それを一つずつ手作業でエクセルに打ち込み、日本の鉄道時刻表の形式に整える。さらに旅行者の目線になり、駅名の簡体字にピンインを併記し、日本の常用漢字も付け加えた。

苦心の果てに完成させた創刊号は、2014年夏に発売。「同人誌の中国の鉄道時刻表に、果たしてどれほどのニーズがあるのか」という不安もあったが、発売後はそんな心配も吹き飛ぶほどの反響があり、計4回の増刷をかけるほどの売れ行きだった。

 

日本から来たと知り、気さくに接してくれた車掌や乗客(向かって車掌の左隣が何さん。2016年3月)

現地ツアーでの出会い

新型コロナウイルス感染症の流行前までは、研究会が主催になり、中国鉄道を実際に体験する現地ツアーを年に2回ほど実施していた。列車内では周囲の乗客に声を掛けられ、日本から来たことを伝えると、話が弾むこともしばしばだった。

壮大な雪山を車窓に見ながらチベット自治区方面へと向かう青海省のローカル線では、乗り合わせた乗客に酒を振る舞われ、思いがけない「日中飲み会」となった。その後高山病の症状に苦しめられたが、「それも含めて良い思い出でした」とツアーに参加した福田学さんは笑う。

雲南省と四川省を結ぶローカル線では、野菜や果物などの生鮮品を売るおばあさんにも遭遇した。東北地方に残る偽満州国の頃に整備された鉄道ルートを実際に訪れ、かつての歴史と真摯に向き合った。ツアーを通して参加者は肌で中国を体感し、中国鉄道の魅力をより深く理解していった。

オンライン取材を受けてくれた日本人メンバーのtwinrailさんに、「初めて中国鉄道に乗る人におすすめは?」と聞いてみた。「路線は問わないので、まずは寝台列車に乗ることをおすすめします。日本には寝台列車が一つしかありませんが、中国ではまだまだ現役ですし、それが人々の生活に根付いています。年配の方にはノスタルジーを感じさせ、若い人にとっては逆に新鮮に感じるのではないでしょうか」と魅力を語る。

 

紙でしか伝えられないもの

「今どき時刻表なんてアプリを使えばすぐに出てくるのに、なぜ紙の本で出すんだろう?」と、率直な疑問を持った方もいるだろう。研究会は電子版の時刻表も作ってはいるが、主流はあくまでも紙だという。その理由を、代表の何さんは次のように説明してくれた。

「電子版は基本的にデータの上書きになるため、変更の痕跡が確認しづらいのです。それにアプリでの検索は、自分が利用する列車の時刻をピンポイントで調べることが多いですよね。しかし紙の時刻表を作り続ければ、中国の鉄道全体の変化の過程が楽しめます。日進月歩で移り変わる姿を、歴史の記録として後世に残していきたいんです」

その言葉を裏付けるかのように、今年5月に出版された最新号『中国鉄道時刻表2021春vol.7』は、558㌻に上る大作となった。創刊号の240㌻に対し、2倍以上のボリュームになる。研究会のメンバーが注いだ心血がうかがえると同時に、わずか7年で中国鉄道が遂げた大発展も見て取れる。

研究会の取り組みは、中国の高速鉄道技術分野の第一人者でもある北京交通大学の楊中平教授からも評価された。楊教授は研究会の地道な努力を心からたたえるとともに、「この一冊を手にすれば間違いなく中国鉄道通になると思います」という推薦の言葉を寄せた。

 

雲南省と四川省を結ぶローカル線で研究会メンバーが見掛けた「車内生鮮市場」(2015年9月)

 

日中の新しい絆

冒頭で触れたように、twinrailさんを中心に研究会が心を込めてつくった「中国鉄道都市間所要時間マップ」は、今年の春頃にSNSを中心に日中両国で大きな反響を呼んだ。 「中国の鉄道がこんなに発達しているなんて!」という声が日本のネットユーザーから多く寄せられたが、制作の中心を担ったtwinrailさんは、自らの力不足も感じたという。「反響があったのは素直にうれしいのですが、それは中国鉄道の知名度の低さの裏返しでもあります。もっと多くの人に中国鉄道を実際に体験してもらえるよう、さらに頑張っていきたい」と今後の展望を語る。

『中国鉄道時刻表』には、時刻表以外に中国鉄道のおすすめの撮影スポットや、中国鉄道に初めて乗車する人でも安心で快適に利用できるよう、切符の購入方法などを含めた解説編も付いている。これまで中国に興味のなかった鉄道好きはもちろん、鉄道の旅をゆっくり楽しみたい人にもおすすめしたい一冊だ。

新型コロナ流行の長い夜が明けたあとには、研究会の心血を注いだ時刻表が、日中間に新たな絆を結ぶことが望まれる。

 

翻訳アプリで現地の乗客とコミュニケーションする研究会メンバー(2014年8月)

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