『星』を追いかける

2021-10-28 15:17:29

金光弥思

ニーハオとウォーアイニーしか知らなかった日々の中に突然飛び込んできたその言葉は、わたしの世界を星空を彩る花火みたいに弾けて光らせた。

明星と書いてミンシン。この単語は、一番星のように輝き私たちの世界を照らし出してくれるアイドルという存在にあまりにピッタリだと思う。王一博というアイドルを知ったのは一年と少し前のことだ。彼の出演ドラマがきっかけで知ることになった私より四歳年上のその青年の存在は、初め彼の名前の読み方すら分からなかった私に彼の祖国、中国の言語と文化に深い関心を抱くきっかけを与えてくれた。彼の話す言葉を理解したくて、彼の故郷の空の色を知りたくて、この一年私は気づけば毎日をあの星に導かれるままに情報収集と勉強に費やしていた。もちろん、毎週日曜の彼が司会を務めるテレビ番組の閲覧だって欠かさない。

その言葉を知ったのは、王一博のファンになってからひと月程、彼の過去の出演番組を観ていたときのことだ。まだ中国語字幕もなんとなくでしか分からず、音声なんかチンプンカンプンで、それでも一博の笑顔が可愛くて観ていたその番組の中で、緑色、彼のファンカラーのペンライトを握ったファンの女の子が王一博太了と叫んだ。後で調べたら粋である、垢抜けている、要するにカッコよすぎるイケメンすぎる、という意味だと辞書は言っていたけれど、私には聞いた瞬間に分かった。この口を窄めて横に開く、悲鳴に紛れてしまいそうな響きをもつ言葉はもっと切実な、愛とかあこがれとかを含んだものだ。しゅあい。まだ上手に発音できない唇を、そっと動かして声に出してみる。太了、太了、太了。ねえ、あなたのために中国語の勉強を始めたよ。あなたの生まれ故郷、洛陽にいつか行くのが夢なんだ。すきな食べ物パクチーなんだって、一緒だね。大切な人はいますか。すきな動物はなんですか。旅行に行くなら海ですか山ですか。その全部中国語で言えるようになりたい。あなたが生まれてから今日まで、私が一度も行ったことの無い国で生まれ、育ち、過ごしてきた日々の欠片を全部知りたい。そんな事たちが頭の中を駆け抜けた。冗談みたいな話だけれど、辞書から学んだのでない、新しい言葉を一つ知ったその日、テレビの前に座ったまま私は本気でちょっと泣いた。一博を取り囲む世界の一部をほんの少しでも知ることが出来たのが幸福で幸福で、ただ堪らなかったから。

朝起きて一番に微博の超活タグを見る。夕飯を食べた後は、勉強用のノートを開いて新しい単語や文法を学び、この一年ですっかり増えた中国語ネイティブの友人たちに発音の練習を見てもらう。これが習慣になってどれくらい経つだろう。知り合いに中国のアイドルがすきだ、と言うと変な顔をされることもあるけれど、私は一博のおかげでいつもどこか壁一枚向こうの余所余所しいイメージのあった国のことを少しずつ知ることが出来た。今は洛陽だけでなく、火鍋を食べに重慶にも行ってみたいし長沙にテレビの収録も見に行きたい。中国語の持つフレッシュで甘くて、可愛らしいのに怒りっぽいようにも聞こえる不思議な響きをもっとたくさんの人に知って欲しい。漢服が時代によって変わること。中国料理の全部が辛いわけでは無いこと。そして、王一博という誰より輝く最高にカッコ良すぎるアイドルがいること。広い国土と長い歴史を湛えたあの国でなら、きっと誰だって心に火花を点けてくれる自分だけの何かを見つけることが出来るはずだ。それこそ夜空に自分だけの一番星を見つけるように。

アイドルのオタク活動のことを、中国語で追星と呼ぶ。私は今日も龍の国の中で光り輝く一つのうつくしい星を追いかけている。そうしていつか中国語がとても上手になって、あの日見た女の子と同じように緑色のペンライトを振れるようになったのなら、私も会場で叫ぶのだ。王一博太了,我喜

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