楓橋夜泊

2021-10-28 15:11:52

井貫薫人

私にとっての初めての海外旅行の行先は、中国の北京だった。小学校を卒業し、中学生になるまでの間の2005年春休み。もともと小学生向けの漫画を通じて中国の歴史に興味を持っていたことと、祖父が現役時代に仕事で頻繁に中国へ出張し中国への理解が深かったことがきっかけだ。12歳まで日本で生活し、外国人の友達もいなかった私にとってはその旅行がまさに海外と触れ合う原点であった。

関空からANAの直行便で北京に着いた私を待っていたのは、日本とは違う独特の雰囲気や匂いだった。聞こえてくるのは自分が全く分からない中国語であり、街の匂いもシナモンか香辛料のような香り。日本と異質な空間であることにある種のカルチャーショックを覚えたのは今でもはっきりと覚えており、またそれが自分の中国やその他の国へ旅行したくなる原体験であった。2005年当時、北京は3年後に夏季オリンピックが控えておりあちこちで再開発が進んでいた。当時の私はまだ幼く知識もほとんど無かったが、これから発展していこうという中国の雰囲気は辛うじて感じ取ることができていた。そして、紫禁城や天壇公園、周口店といった私にとって本でしか読んだことがないような場所が自分の目の前に現れ、そして実際にその場を歩いてみた時に至福な気持ちになったことは忘れていない。

私が社会人となって数年経過した2018年、当時付き合っていた彼女との旅行先に選んだのは、北京と雲南省の麗江。特に北京は私にとって13年ぶりの訪問であった。長いブランクと共に再訪した私を待っていたのは、以前とは全く違った中国であった。日本にいながらでも、日本を訪れる観光客の方々を見かける機会が以前よりも増えておりそれだけ豊かになった人が増えているのは感じていたが、電子決済が日本よりも浸透し、日常生活の中でも最新のテクノロジーがふんだんに活用されている。都市部では、以前とは比べものにならないほど経済発展が進んでいることを改めて実感させられた。

その後、改めて中国に対する関心が大きくなった私は2019年だけで複数回旅行で訪中することになるのだが、その理由は中国にいると活力が得られるような気がしたからだ。街中を歩いていても物静かな雰囲気の日本とは違い非常ににぎやかで、エネルギッシュな空気に溢れている。そんな非日常の環境にいると、休みが終わってからの仕事や日常生活も頑張ろうと思えてきた。そして、少しずつ中国語を勉強し、現地の人々とできるだけ触れ合う機会や中国人の友人を増やしてみると改めて感じされられたのは日本で語られている中国人のステレオタイプは間違っているのではないかということだ。日本のニュースやネットでは、反日デモやマナーが悪いといったことが取り上げられがちだが、全ての中国人がそうではないし、むしろそういったイメージの人は意外と少数派なのではないかと実感している。これは中日関係に限った話ではないが、周囲に溢れている情報だけで判断するのではなく実際に自分が体験したしないと相手に対する真の理解は進まないし、そして今後中日関係が良くなるためにはどちらか片方が歩み寄るのではなく”相互”理解を深めていく必要があると思う。

残念ながらコロナによる渡航制限により実際に訪問することは困難になってしまい、そのことが草の根レベルでの中日関係の進展を難しくしてしまっているであろうことは非常に残念に思っている。だが、むしろそうした状況がもっと中国のことを理解したいという私の気持ちを大きくしている。この1年半は近くて遠い存在になってしまったが、タイトルにした『楓橋夜泊』は旅愁と夜明けを待ちわびる張継の気持ちになぞらえ、中国への思いとコロナという未曾有の状況からの夜明けを待つ私の願いを込めた。私にとって、中国は活力を与えてくれる存在であり、そして新しいヒントをくれる存在である。今後も中国と日本の関係が深展することを願っている。

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