北京冬季五輪と「中国速度」

2022-01-26 14:58:36

文=木村知義 

  

「共に未来へ! 北京 

この号が読者の皆さんのお手元に届くころは、北京冬季オリンピック・パラリンピック(以下、北京冬季五輪と略)が開幕して各国から集ったアスリートたちの「熱いたたかい」が繰り広げられているだろうと思います。この北京冬季五輪に際して考えさせられたテクノロジーの進化と中国社会の成熟に関わる「中国速度」について少し述べてみたいと思います。 

東京五輪の「違和感」と開催意義 

本論の前に、東京五輪について少し。五輪史上初めて1年延期となった東京五輪は、コロナパンデミックという難局に直面して、開催を巡って国民の中で意見が大きく分かれました。しかし私は、こうした問題の前に、東京招致が決まった2013年9月のブエノスアイレスでのIOC総会における最終プレゼンテーションで安倍晋三首相(当時)が、東日本大震災による福島第1原発事故の汚染水問題について「アンダーコントロール」と述べたことに強い違和感を抱いていました。今なお故郷に戻れない福島の人々が数多くいることを思うと、五輪開催を巡って言葉にならない「割り切れなさ」を感じ続けてきました。とはいえ、一方では、コロナ対策でさまざまな制約のある中で、世界から集ったアスリートたちが繰り広げるパフォーマンス、記録に挑戦する姿に感動を覚え、目を奪われたことも確かでした。 

北京冬季五輪を控えた中国からは選手だけではなく、東京五輪の実際を身をもって体験しながら北京での大会運営の参考にする事前の調査・研究のために関係者が訪れたことも伝えられました。そこで得られた知見はきっと今回の北京冬季五輪に生かされているだろうと思います。  

北京冬季五輪と四つの理念 

そこで北京冬季五輪です。この稿の筆を執っている時点では開会式や実際の競技を見ることができていないのですが、もう一つの「見どころ」に読者の皆さんと共に目を向けてみたいと思うのです。 

昨年末、東京中国文化センターで開催された「共に未来へ!北京2022冬季オリ・パラハウス」展に足を運びました。展示から、今回の冬季五輪は「グリーン」「インクルーシブ」「クリーン」「オープン」の四つの理念の下で準備され、開かれることを知りました。 

「グリーン」は100%グリーンエネルギーを使い、100%カーボンニュートラルを目指すことを意味します。五輪史上初となる「CO2遷臨界直接冷却スケートリンク」が導入されたことも注目です。聞き慣れない言葉ですが、要は、温室効果ガスとして厄介者の二酸化炭素を冷媒として活用して氷を作ってしまおうということなのです。また、選手の移動には水素燃料電池バス212台が使われます。競技会場の建設に当たっても生態系を優先して自然環境との調和を第一にしたことが強調されています。 

「クリーン」は、08年の北京五輪でユニークなデザインが話題になった「鳥の巣」(国家体育場)や夜間の光の彩の変化が美しかった「ウォーターキューブ」(国家水泳センター)などのレガシー施設を今大会の会場として活用することで「節約」に努め、冬季五輪を「氷雪のようにきれいで、純潔」なものにすることを目指したという意味です。 

私が最も注目したのは「インクルーシブ」でした。「包摂的な」という意味の言葉ですが、五輪開催の成果を社会全体で共有しようという意味が込められています。パラリンピックに集うアスリートをはじめ、なんらかのハンディを持った人々を社会で大きく包み込んでいくというメッセージも込められているのだろうと思います。五輪にとどまらず、これからの中国社会の目指す方向を指し示すものだと感じました。 

「オープン」はもはや説明の必要もありませんが、世界に向け、未来に向けて開かれた北京冬季五輪にしていくということ、さらに、この五輪を一層の対外開放の「推進エンジン」にしていこうという意気込みを込めていることが伝わってきました。 

中国社会の成熟、進化の速度 

スポーツの祭典ですから競技とアスリートに注目が集まるのは当然ですが、今回の冬季五輪のもう一つの「見どころ」と述べたのは、目を凝らしてみると中国について多くの興味深い発見があると感じたからです。 

ここに書いたことは、何も予備知識のなかった北京冬季五輪についての私の「気付き」のほんの一端なのですが、実はこうした「発見」には感慨のこもる「前史」があります。 

 放送メディアでの仕事を離れた08年夏、現場に立って中国を見つめ直そう、学び直そうと思い立って北京五輪に合わせて中国を訪れました。五輪開幕に先立つ天津でのサッカー、日本対米国の試合会場に足を運んだのをはじめ、北京市内のいくつかの競技会場で、中国の人々がどのように五輪を迎え、五輪と接しているのかを、時間と空間を共有しながら体感したのでした。 

開会式は北京に住む友人の家で、中国を代表する映画監督、{チャン・イー・モウ}張芸謀氏が総指揮を担当した演出に目を見張りながらテレビ中継を見ました。当時の最先端のデジタル技術をフルに活用しながら、水墨画や太極拳、京劇といった中国の伝統文化の粋を見せるとともに、多くの人間が見事なまでに息を合わせて行う群像パフォーマンスを織り込みながら展開する独創的な演出に目を奪われたことを今でも覚えています。 

 そんな北京五輪から14年。中国社会の成熟とテクノロジーの進化のスピードはなんと速いのだろうかというのが、今回の冬季五輪を迎える私の感慨です。5G(第5世代移動通信システム)やロボット、AI(人工知能)の活用といったテクノロジー面にとどまらず、四つの理念から見える中国社会の成熟という面で、この「中国速度」が理解できるかどうか、これは五輪にとどまる話ではなく、中国の「現在」の全てに関わる中国認識の重要なカギの一つになっていると思います。 

「中国速度」を理解し新たな中国観へ 

 いま友人たちとこの「中国速度」について意見を交わすとき、私は「逆・ウサギと亀」物語というたとえで話すことがしばしばです。「先進国」を名乗ってきた欧米諸国の亀は、ずっと後から追ってくるウサギの中国に大きな差をつけていて追い付くわけはないと高をくくっているのに対して、亀が何年もかかって到達した距離を後のウサギはぴょんぴょんと跳ねながら飛び越え、瞬く間に追い付き、追い越していく、「逆・ウサギと亀」状態を目の当たりにする時代になっている、というわけです。もちろん亀も怠けているわけではないのですが、この物語を理解できるかどうかが、「米中対立」はじめ欧米および日本と中国に関わるあらゆる問題を読み解く上でのカギになるというのが、私の見方です。 

 この「中国速度」は、理念や目標を力強く指し示すリーダーシップと試行錯誤を恐れず果敢に挑戦する実行力が一体となって実現できているのだと思います。北京冬季五輪のもう一つの「見どころ」をきっかけに、今中国を{つ}衝き動かしている力が見えてきたという気がするとともに、私たちの中国観を新しくする契機として実に深い問題を投げかけている、そんな思いを強くします。 

2022冬季オリ・パラハウス」展の開会式でカーリングを体験する孔鉉佑駐日本中国大使(写真・王朝陽/人民中国)
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