心連心−21世紀をともに生きる私たち−
関口 大樹
「君は哲学を持ちなさい」2009年夏、重慶。あるおじさんに言われたその言葉の意味は、19歳の僕にとっては分からなかった。
物心ついた頃から海外に関心が高かった私は、大学入学後すぐに留学生と日本人がともに暮らす留学生寮に入った。世界各国の友人たちと共同生活をする中で、中国出身の女性と交際するようになった。
当時、私は韓国語を専攻していて、中国語はほとんど分からなかった。だが、お付き合いを通して、簡単な単語や挨拶を教えてもらい、中華圏のポップミュージックにも触れ、聴講で中国語クラスにも参加させてもらって学びはじめた。まるでふたりの仲を深めるかのように、少しずつではあるがしだいに中国語の簡単な言い回しも出来るようになっていった。
だが、楽しい時間は長くは続かない。交換留学生だった彼女は中国に帰らないといけない時期が来てしまった。当時はスマートフォンやコミュニケーションアプリもない時代、国と国との距離は遠かった。私たちふたりは大泣きしながら空港で別れた。夏休みに中国に会いに行くことを約束して−。
初めての一人での海外旅行、右も左も分からない中、上海でのトランジットを経て重慶へと向かった。機内では隣に座る中国人のおじさんとすぐに仲良くなった。人と人との距離間の近さを感じた。空港に到着して彼女と再会した時、まるで数年ぶりに会ったかのようにまたふたりは大泣きして抱きあった。彼女のお母さまが車で迎えに来てくれ歓迎してくれた。車窓から見える中原の広い大地と人々の暖かさに触れ感動を覚えた。
ある時、彼女の一家と家族ぐるみの付き合いがある人と食事をすることになった。訪問すると、なんと日本語が達者なおじさんがいるではないか。その方は大学教授で日本にも留学経験があったのだ。「きみは中国のことをどれくらい知っているか?」彼女の故郷の重慶や四川省について日本語で教えてくれた。
僕は高校生の時にテレビで見た世界遺産「九寨溝」に行くのがずっと夢だという話をした。すると「よし分かった」と一言。なんと九寨溝への旅費を出してくれると言うのだ。早朝からバスに揺られ、砂埃がたつ道なき道、広大な高原や山を超え、10時間以上かけて目的地にたどり着いた。エメラルドブルーに輝く美しい湖、高山の澄んだ空気、圧倒的な美しさを放つその姿は、当時日本のテレビで報道されていた「環境汚染が進む中国」とは全く異なるものであった。
美しい大自然の一方で、帰りの車窓から見た景色は残酷だった。前年に発生した四川大地震、最も被害を受けた汶川県をバスは進む。土砂崩れで埋もれてしまった村や川、山から転がってきたビル数階分の高さの大きな岩、崩壊した橋や道路を横目に同乗していた人全員が言葉を失っていた。だが、各地に紅い旗がはためき、政府が提供する住宅もたくさん建設され、復興への歩みは着実に進んでおり、災害の中から立ち上がる人々のたくましい姿も印象的だった。
中国を発つ最終日、お世話になった日本語のできる大学教授のおじさんと共に、食事をすることとなった。そのとき彼が僕に伝えた一言が「君は哲学を持ちなさい」だった。
近年、日本を含め世界的な気候変動や災害が問題になっている。中国の重慶でも大雨によって長江の水が溢れ出す年もあれば、川底が見えてしまうほど干ばつが続く年もある。そんなニュースを見る度に、現地の人は大丈夫だろうかと人々の顔が頭に浮かぶ。
世界は繋がっていて、どんなところにも生活があり、人々が暮らしている。21世紀に生きる私たちは国を超え、同じ課題を抱えながら生きている。国同士のいがみ合いではなく、力を合わせて共通した課題を解決していくことが大切だろう。私も「哲学」を持って生きられるようになったのだろうか。あの夏と中国の人々を思い出しながら、そんなことに思いを馳せている。