世代を越えた日中食文化の共有

2022-10-26 11:27:45
上田 桃加

あるおばあさんと私の国と世代を越えた関係は3年前に始まった。

私の母は看護師として近くの病院に勤務している。そこには様々な国から来たケアワーカーが一緒に働いている。中国人の楊さんもその一人である。彼女は私の祖母と歳が近く、娘や孫をはじめとした親族を中国に残し現在は日本で一人暮らしをしている。

ある日、楊さんが職場に大きなタッパーを持ってきた。そして母に手渡し「娘さんと食べてね。」と一言。中には溢れんばかりに詰め込まれた手作りの「東坡肉(皮付き豚の角煮)」。母から私が「豚の角煮」が好物だと聞いた彼女は、それに似た東坡肉も好きになってくれると考えたらしい。帰宅した母にそう告げられ、言うまでもなく私は東坡肉に食いついた。じっくり長時間かけて蒸し上げられた角煮は柔らかく、脂身が口の中で溶けていくのを感じた。それまで中華料理をほとんど食べたことのなかった私にとって、彼女の贈り物は中華料理との運命的な出会いとなった。翌日、母は御礼として手作りの筑前煮を楊さんに手渡した。彼女は日本の家庭料理を自分一人で作るのは難しいからと何度も頭を下げた。ここから私と楊さんの料理交換が始まることとなった。楊さんが「桃加ちゃんにどうぞ。」と手料理を母に手渡す。その御礼に私が日本料理を作って職場で母に渡してもらう。これが私と楊さんの日常となった。楊さんがくれる手料理に日本の中華料理店で定番とされるようなものは出てこない。その代わり、見たことも聞いたこともない家庭料理が詰め込まれた青色のタッパーをくれる。

ここで、私が今まで彼女から頂いた料理を紹介してみよう。豚耳の味付けに豆腐煮込み、ビセンクラゲと胡瓜の和え物、西柿炒蛋に青椒土豆糸。どれも日本人にはかなり馴染みのない料理ではないだろうか。彼女のおかげで、私は日本国内では滅多に出会うことのない中国の食文化の一面に触れることができている。中国の家庭料理は日本で王道とされる中華料理のイメージと反し、野菜が多く使われており健康的なものが多い。味付けは辛いものもあるが、基本的にあっさりとしたうす味で食べやすい。野菜好きな私はすぐに中華料理の虜になった。楊さんから頂いた料理を自分で再現してみたり、新たな中華料理のレシピに挑戦してみたり。いつしか我が家の食卓に中華料理が並ぶのが当たり前になっていた。夕飯には肉じゃがの隣に中華炒め、朝食にはパンの代わりにダンピン。私にとって中華料理はいたって他の日本料理と何も変わらない存在である。中華料理だからといって気負う必要はなく、当たり前のように食生活の一部となっている。楊さんのあたたかな手料理は、私にとって中国をより身近なものにしてくれた。

その一方で、楊さんとの料理交換は改めて日本の食文化を振り返るきっかけになった。何を渡せば喜んでもらえるかを考え、レシピを検索する。回数を重ねるたびに、楊さんに日本料理を好きになって欲しいという想いが強まっていった。楊さんとの出会いは私の人生をより豊かなものに変えてくれた。

この経験から、私は日本で中国の家庭料理の一般化を進めるべきだと考える。現在の日本では、中華料理は外食や出前の際に食べる少し特別な料理だと認識している人が多いのではないだろうか。それは、中華料理は油っこいものばかりという人々の思い込みによるものだと考えられる。どんな料理が油っこいと思う?と聞いてみると、餃子、炒飯、酢豚に坦々麺といった比較的日本人に馴染みのある料理名ばかり並ぶわけである。要するにこの手の人たちは、中華料理といえば日本で見かける油っこいのしか知らないのだ。しかしながら、中国には日本人にはまだ定着していない健康的な食文化が多くある。楊さんとの国と世代を越えた食文化の共有が、私にこのことを教えてくれた。

これからも私は中華料理を作り続ける。日中食文化の共存のさらなる発展を願って。

 

関連文章