されど僕は嫌いではない

2023-10-23 17:29:00

高井 優生


「ポテトが少ないと思う」この言葉を発するかどうか、上海のファストフード店で僕は迷っていた。

事の発端はオーストラリアのメルボルンまでの道中、飛行機の乗り換えで上海に立ち寄ったことである。乗り換え目的とは言っても、初めて来た中国。空港で時間をつぶすのももったいないので少し観光することにした。とは言え、観光地を巡るような時間はないので、できることと言えば街中を少し散策して昼食を食べるくらいだろう。小腹も空いていたので、ふと目に止まったファストフード店に入ることにした。

商品を購入してから席に着くタイプのお店であろう。レジの横にあるメニューを見てみるとどことなく中国らしさを感じるような商品もある。ゆっくり考えたいところだが、少々不愛想な店員さんはそれを望んでいないようである。お店の看板メニューだろうか、一番大きく写真が載っているハンバーガーとフライドポテトのセットを注文する。

会計を済ませると店員さんから「Japanese?」と聞かれた。特に深く考えずに「Yes」と返答すると店員さんに舌打ちをされた。明確な舌打ちである。不穏な空気の中、注文した商品はトレーに投げつけるように置かれた。その態度に驚きながらも最も目についたのはポテトの量であった。3本しかない。正確な容量はわからないが、どう見ても数十本は入るであろう容器に3本しかポテトが入っていない。「ポテトが少ないと思う」と言おうか迷ったが、店員さんが僕もしくは日本人に対して良い感情をもっていないのは明白であった。当然のことながらお店には中国人ばかりである。ここでトラブルを起こすのは賢明ではないと判断し、無言でトレーを受け取った。

まだ少し肌寒い時期ではあったが、店内の空いている席を横目に外のテラス席へと移動する。早く食べてその場を立ち去ろうと思っていた。中国には反日感情をもっている人がいることは知っていたが、実際にこのような対応をされたのはショックである。なんとも表現し難い感情を感じながらハンバーガーを食べていると、ふと僕のトレーの上に山盛りのポテトが置かれた。おそらくは通常の量であろうが、目の前にあるポテトと見比べるとかなりの山盛りに見えた。

視線を上げると僕と同じくらい、もしくは少し若いくらいだろうか、一人の女性がテーブルの横に立っていた。このポテトは彼女が置いたのだろう。浅めの深呼吸をした後、彼女が英語で話し始めた。少し早口であったが「日本にもいろいろな人がいるように、中国にもいろいろな人がいる。だから、さっきみたいな人もいるけど、中国人全員が日本のことを嫌いなわけじゃない。だから、さっきの経験で中国を嫌いにならないで」ということであった。僕も(おそらく彼女も)そこまで英語が得意ではなかったため、内容を完璧には理解しきれてはいないだろう。ただ、それでも彼女が「中国を嫌いにならないで」という気持ちを伝えようとしているのは痛いほど分かった。

それを伝えた後、彼女は足早に立ち去ってしまったため、名前はおろか、今では彼女の顔さえもはっきりとは思い出せない。しかし、彼女のおかげで僕は今でも中国が嫌いではない。もしあの場に彼女がいなかったら、僕は中国に対して良い感情はもたなかっただろう。あの店員さん一人への感情だけで中国を嫌いになっていたかもしれない。慣れない英語で、しかも見ず知らずの異国の人間に話しかけるのはとても勇気のいる行為だったと思う。ただ、僕が今でも中国のことを嫌いではないのは、そして様々なコミュニティにおいて「まあ、いろんな人がいるからな」と少しだけ人間関係を達観できるようになったのは、まぎれもなくあの時に彼女が勇気を振り絞ってくれたおかげである。直接お礼を言うことは難しいだろうが、何かの形でこの感謝を彼女に伝えたいと願うばかりである。

 

 

人民中国  2023年10月25日


 

 

 

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