あの味をもう一度

2023-10-23 17:45:00

玉尾 由季


鯉って食べられるんだなぁ夕食に中国人ツアー客のみんなと大きな鯉を分け合いながら考えていた。ふと時計を見ると午後6時過ぎ。私の学生寮の門限は22時。間に合わない気がして急に焦り始めた。

私は大学1年生の夏休み、中国に行ってみたいと思い選んだのが天津理工大学の夏休みの3週間中国語プログラムだった。中国はもちろん天津に行くのも初めてだった。

中国に到着して6日目、最初の土曜日。私はひとりで天津から北京まで、高速列車で小旅行にいくことにした。見たいものを沢山調べていた。北京駅からはリーズナブルな現地のバス観光ツアーに参加してみようと計画していた。バスに乗り込んだ瞬間、あぁ、私以外全員中国人だと急に緊張した。バスガイドさんがマイクで「日本からの参加者もいるわ、仲良くしてあげて」みたいな内容を言ってくれた。みんなからの注目をあびながらバスはあっという間に40名の満席になり、昼の12時には出発した。まだ初級の中国語では会話が続かず悔しいと思いつつも優しい迫力のあるおじさん、おばさんに囲まれてワクワクしていた。予定では八達嶺や慕田峪の長城を巡り、お土産店に立ち寄って最後に天壇公園に行き、午後8時に再び北京駅に戻ってくるというスケジュールだった。バスの席で前に座っていたご夫婦がりんごをくれたり、タンクトップ姿のおじさん達と覚えたての中国語で会話してみたりしていた。明るい、声の大きいおじさん達に自分の祖父を思い出し、次第に私はその場になじみ始めていた。

しかし午後6時の時点で夕食に皆で鯉を食べているが、バスガイドさん曰く、これから明の十三陵とお土産店2箇所、最後に天壇公園へ行くと言う。午後8時に北京駅に戻れるわけがない。寮の門限に間に合う気がしないと焦り出した私は、鯉の味も分からなくなっていた。使える携帯電話も持っておらず、天津に帰る高速列車は何時まで運行しているのか、天津駅から大学までのバスは何時まであるのかと不安が募った。私はバスの運転手とガイドさんに状況を説明し、スケジュール通り8時に帰りたいと紙に書いて伝えたが、どうしようもできないと言われた。

そうこうしているうちにバスは次の観光地、明の十三陵に到着した。困り果てている私を見た同じツアー客のおばさんが話しかけてくれた。私は拙い中国語で「我得回宿舍楼!到十点!(私は学生寮に戻らなければならない!10時までに!)」と伝えた。おばさんは手当たり次第他のツアー客に私が困っていることを伝え、その場にいる全員に相談してくれた。色んな意見が出たが、その中のひとりが英語を話せる職員を連れて来てくれた。その職員に英語で事情を説明すると、今勤務が終わった職員がいるから西直門駅まで車で送ってくれると言うのだ。それは申し訳ないと思っていたら、私よりも先に話を聞いたツアー客のみんなが喜んでくれた。

結局ご厚意に甘え車に乗り込もうとした時、おばさんが住所の書かれた紙をくれた。住所の下には、宁夏に遊びに来てね、と書かれていた。寮に着いたのは午後1030分過ぎであったが、私の心は感謝の気持ちと全員に挨拶が言えなかった残念な気持ちでいっぱいだった。

滞在の3週間はあっという間に過ぎ、帰国する時には既に第二の故郷のように感じていた。

日本着いてすぐに、私はあのバスツアーで一番お世話になったおばさんに感謝の手紙を書きポストに出した。

中国で出会った人々から教わった、困っている人を助けること・国や宗教に関わらず人と仲良くする和の精神を学んだ。人見知りだった私だが、この経験を機にその後の大学生活では、小児科病院で勉強を教えるボランティアや、ラオスでの国際教育ボランティアに積極的に参加した。国や言語を越えて助け合うこと、コミュニケーションを取ることを恥ずかしいと思わなくなっていた。中国は私に生きる上で大切な理念や価値観を教えてくれた大切な場所である。

 

 

人民中国  2023年10月25日


 

 

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