無知と知の果てに

2023-10-23 17:50:00

高野 かずみ


2019年、私は語学研修で吉林大学へ赴いていた。日差しの強い918日、朝一番に授業を受けていた私の耳にサイレンの音が響いた。柳条湖事件だ。教科書で見た白黒写真と「勿忘国耻」の四文字がにわかに脳裏に浮かぶ。さて当日の夜、研修仲間が高鉄に乗り観光へ行ったとのことで写真を共有していた。その行き先は「哈尔滨」……。現地の人々は「やけに」冷ややかだったという。そう、日本の若者は太平洋戦争を知っていても「抗日戦争」を知らない——

卒論に向けて、私は15年戦争期に海軍志願兵として出征した曾祖叔父の戦歴を調べていた。彼の履歴書に廈門、三竈島への上陸記録があったために図らずも旧日本軍の「南支作戦」を調査することとなる。そのときに初めて、日本人が触れることのない暗い歴史が頭をもたげてきたのだ。中国側の資料や先行研究を集め、華南各地の被害状況や抗戦の展開を紙面に読むたび、日本では表面化しない歴史の側面——「侵略者」としての日本像に気付かされた。

私は四海兄弟という言葉が好きだった。地理的、文化的にも近い中国人には親近感を覚え、いわゆる中国人に対する悪印象というものを抱いていなかった。しかし同時に、日本人と中国人の間に密かに横たわる「過去の戦争」という溝を知らなかった。この認識の「かなめ」が欠如している限り、いかに自身が友好的だろうと真の交誼には発展しないのだ。彼らの目には、この「かなめ」を知らぬまま手放しに平和と友好を夢想していた私はどのように映ることか。「無知な日本人」、その一言に尽きる。近年日本では近代戦争史を「見たくない」人々がいるという。自国の後ろ暗い歴史を直視することは憚られるからか。戦争の風化が叫ばれる現代日本では、「侵略者」の側面は依然影を潜めている。

今年は中日平和友好条約締結45周年とのことだ。中国動漫や漢服、パンダ熱などが日本でも報道され、両国の草の根的交流は益々活発化している。他方で政治においては軍事・安全保障面での対立がみられる。関東軍の新映像が公開されたことは記憶に新しい。このひずみの根底にあるのはやはり例の「かなめ」で、政治問題だけでなく一般人の対日・対中感情にも波及している。思うに日本人は「中国を知らなさすぎる」。漢詩や古典小説といった人口に膾炙した要素だけでは到底計り知れまい。特に近代以降の中日関係を考える際には、侵略と抗日の歴史という「かなめ」に学ばねばならない。現在の対日感情が過去の戦争を通してどのように形成されたか、それを礎に将来中日がどのように関係を構築していくのか。両国の政治・経済・文化の発展を思えばこそ、特に日本の若者は改めて歴史を省みるべきだろう。無知が知に変わるとき、中日の関係はまた一歩前進するのだ。

この時勢になってから、しばしば中国渡航に思いを馳せる。百聞は一見に如かず、伝聞でしか知らなかった中国に直に触れたのは何年も前のことだ。神経質な私にとって、中国での生活はまさにパラダイム・シフトとなった。当時まだ若く、繊細ゆえに悩みがちだった私の心は、大らかで気丈な中国人と接しているうちに融かされていった。あのときの大陸的な、したたかながらも優しい空気で包み込んでくれた中国を忘れられない。再び赴く日を夢見て、私はここ岡山で日々研究に勤しんでいる。

わが校はかの郭沫若も留学していたと聞く。そのためか中国人留学生がまことに多い。一歩教室に入ればあたかも中国の大学に留学しているかのような気分になる。まさに中国語のシャワーだ。日本人の同期生がいない私にとって、溌溂とした彼らに囲まれて研究することはこの上なく楽しい。中国人の卓越した積極思考は周りをも明るくする。飽くなき向上心で切磋琢磨を促し、落ち込んだ時には屈託のない笑顔で励ましてくれる。接するほどに新たな発見をもたらしてくれる、私はそんな中国人を愛してやまない。


 

 

人民中国  2023年10月25日


 

 

 

関連文章