私の宝物の子

2025-11-17 13:26:00

早川愛菜

 

私が小学校3年生のころ、同じクラスに中国から来た男の子がいた。小さかった私たちにとって、言語の違う友達と話すことは難しく、伝えたいことが伝わらないのもどかしさから、自然と話しかけることを避けてしまっていた。私も周りに流され、その子と話すことはなかった。しかし、ある日ペアを組むことになり、どうしても話さなくてはならない場面が訪れた。私は勇気をだして声をかけた。最初は不安で仕方なかったけれど、会話を重ねるうちに思った以上に話が弾み「楽しい」と感じる自分がいた。彼と話して初めて知ったことも多かった。小学1年生のころに日本へ来たこと、日本語はまだ苦手なこと、そして家の近くでラーメン屋を営んでいること。その日をきっかけに、私は自然と彼に声をかけるようになった。ところが、周りの子は変わらなかった。ある友達に「なんで話せるの?あの子は中国人なのに」と言われたとき、胸がざわついた。私はNEWSなどをあまり見なかったので、「中国人だから話せない」という考え方がなぜ生まれるのか理解できなかった。疑問に思った私は翌朝テレビをつけてみた。ちょうど流れてきたのは、中国各地の工場で爆発事故が起きているというニュースだった。その時、ふと「中国って怖い国なのかな?もしかしてあの男の子も怖いのかな?」と考えてしまった。周りの声とNEWSが重なり、私は再び彼に話しかけることを控えるようになってしまった。そんな私に直転機が訪れたのは、小学校5年生のとき。同じクラスになった彼は、以前よりも明るく、楽しそうにクラスの子と話していた。その姿を見て私は心から嬉しかった。なぜか分からないけれど、彼が楽しそうにしていると、私の心も踊った。そこで私は、以前彼が言っていた言葉を思い出した。「僕は日本も大好きだし、日本人も大好きなんだ」と。理由を尋ねると、彼は「だって僕ら中国人を広い心で受け入れてくれる。それが嬉しいから」と答えてくれた。その言葉に私はハッとした。彼は自分の国の文化や言葉を大切にしながらも、異国である日本にやって来て、必死に日本語を学び、日本人とつながろうとした。それは彼にとって大きな挑戦であり、「日本が好きだから」というシンプルでまっすぐな思いが原動力だったのだ。私はそんな彼に対して、日本語しか話そうとせず、中国の文化や言葉を理解しようとしていなかった自分を恥ずかしく思った。それ以来、私は積極的に彼と話し、遊ぶようになった。彼から中国語の言葉や文化を教えてもらい、少しずつ理解を深めていった。やがて彼のやさしさはクラス全体に広まり、かつて孤独だった彼は、いつの間にかクラスの中心にいる存在へと変わっていった。その姿は私の目にとてもまぶしく映った。

私は一人の男の子との出会いを通して「異なる文化や言語を理解することの大切さ」を知った。その経験があるからこそ、今の私は世界のさまざまな国に興味を持てている。そしてこれからは中国語を学び、彼と対等に彼の母語で会話できるようになりたいと思う。彼が日本語で一生懸命話してくれたように、今度は私が彼の言葉を学びたい。

世界は広く、たくさんの人でつながっている。あの男の子と出会えたことは、今でも私の宝物だ。

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