心を結んだ中国語

2025-11-17 13:38:00

山岡優彩

私が中国語に出会った忘れられない話をしよう。それは一つの小さなキーホルダーから始まる物語だ。私の筆箱についているそのキーホルダーは、夏の短い時間を一緒に過ごした友達との思い出を鮮明に蘇らせる。中学三年生の夏、カナダのサマーキャンプに参加した。英語を学ぶことが目的だったが、初めて行く外国に胸を躍らせる反面、不安も大きかった。知らない土地、わからない言葉、出会ったことのない人たち。私は自分がどんなふうに過ごせるのか、想像ができなかった。そこで私を待っていたのは、予想もしなかったもう一つの出会いだった。そんな不安をやわらげてくれたのは、一人の中国から来た女の子だった。彼女は最初から積極的に話しかけてくれるわけではなかったが、挨拶してくれたときの表情がとても優しく、すぐに打ち解けられる気がした。

きっかけは、初めての下校の日だった。広い道を大きく揺れながらバスが次々に駅に止まっていく。初めての場所というのも相まって、その様子に私はどこの駅で降りればいいのかわからず、不安でいっぱいだった。そんなとき、「大丈夫?」と声をかけてくれたのが彼女である。彼女は私の家の近くの駅を知っていて、安心するように言ってくれたのだ。私が降りるバス停に着くまでの間、私たちは会話を楽しんだ。彼女と話す内に会話にのめり込んで、私はバスの揺れも不安も忘れ、時間はあっという間に過ぎ去っていった。あのときが、彼女との友情の始まりだったように思う。

やがて私たちは、毎日のように一緒に過ごすようになった。授業中はわからないことを一緒に理解し、休み時間には笑い合い、帰りのバスではお互いの国について話す。そんな中で私は、彼女に少し変わった口癖があることに気づいた。よく「我生气」と中国語でつぶやくのだ。簡単に調べてみると、意味は「私は怒っている」というものだった。私は口癖を面白おかしく真似してみた。すると、彼女は私の中国語の下手くそさに思わず笑っていた。その時はただ真似しただけだったが、のちにその意味を知って、なぜ彼女がその言葉をよく言っていっていたのかを理解した時、私は目を見張った。彼女は思うようにできない自分に腹を立てていたのだ。思い返してみれば、彼女は授業でわからないことがあったり、一緒に行った先でうまく買い物ができなかった時によくその言葉を口にしていた。確かにそれは私自身と同じだった。私は負けず嫌いで、人と比較しては自分に腹を立てていた。彼女が口癖を口にしていた時、私も同じ感情を抱いていたように思う。だからこそ、その言葉に私はとても共感したし、彼女にそのことを伝えたかった。しかしうまく言葉にできなかった。彼女と分かち合いたい共感の気持ちがたくさんあるのに、それを伝える言葉を知らないことがもどかしかった。その時のもどかしさが、今も彼女と過ごした日々をより鮮やかに記憶に残している。

あの夏の出会いは、私に中国語への興味を芽生えさせた。中国語を学んでいく中で出会ったことわざがある。「趣是最好的老(好きこそ物の上手なれ)」という中国のことわざだ。この言葉はあの経験を表していると私は実感した。あの時、私は彼女と過ごす時間が楽しく、同時に悔しい経験をしたことで自然と中国語に興味を持った。彼女は言葉を学ぶことで得る楽しさ、友達と心が通じる嬉しさを教えてくれたのだ。言葉は人と人をつなぐ架け橋だと、心から感じた。

筆箱のキーホルダーを見つめると、あの夏のバスでの会話、そして 彼女の笑顔とともに、彼女の「我生气」という声が聞こえてくる。もしこのキーホルダーがなかったら、私は言葉が繋いでくれる世界を知らなかったかもしれない。あの夏の出会いは、私の人生で忘れられない一章であり、中国をより深く知っていくという二章への扉なのだ。

 

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