魯くん家の水餃子
2025-11-17 13:43:00
益田寛大
中学校三年生の時、一人の友人ができた。苗字を魯、と言う。学校で使う苗字は別のものだったが、彼の本当の苗字は、私がこれまでの人生で目にしなかったものだった。特徴的な苗字なことから声をかけてみると、すぐに意気投合し、お互いの趣味だったゲームを一緒にプレイした。関係性を深めた私は、ある日、彼の家に招待された。
彼の家は、駅前のランドマークとなっていたタワーマンションの最上階にあった。当時、まだ中学生だった私にとって、その光景は映画の中にいるような非日常だった。エレベーターで一気に最上階まで上がると、扉が開いた瞬間に、見たこともない絶景が目の前に広がった。眼下にはミニチュアのような街並みが広がり、人々が虫のように蠢いていた。
リビングに通されると、さらに驚かされた。部屋の隅には大きな観葉植物が飾られ、壁一面に本が並んでいる。その奥には、魯くんのお父さんがいた。会社を経営しているという彼は、想像していたような威圧的な雰囲気はなく、穏やかな笑顔で私を迎えてくれた。「ようこそ。息子がいつも君の話をしているよ。」
と、朗らかな声で言った。気にしないで、と一言残し、彼は自室へと戻り、私たちはゲームに没頭した。
気がつけば日が暮れていて、ガラス張りのリビングには都心部の夜景が映っていた。帰らなきゃ。荷物を纏めているとお父さんが声をかけてくる。
「もう遅いし、ご飯食べていけば?」
なんの連絡もなしに食卓にお邪魔させていただくことが申し訳なく、断ろうとする。しかし、私の腹は正直で大きい声を出す。顔を赤くした私は、いただきます、と呟くしかできなかった。
テーブルの上には、様々な材料が並ぶ。豚肉のひき肉、ニラ、白菜、そして皮の山。他にも色々あったが当時の私が分かるのはこれくらいだ。これから水餃子を作るのだと言う。中国では、家庭料理として水餃子を家族みんなで作って食べるのが習慣なのだそうだ。会社経営者という肩書きとはかけ離れた、温かく家庭的な風景に、私は驚きを隠せなかった。
ひき肉に下味をつけ、ニラと白菜を細かく刻んで混ぜ合わせる。お父さんは手際よく餡を作り、私は、見よう見まねで皮を包む。初めての水餃子作りは難しく、形がいびつになったり、餡がはみ出してしまったりする。難しい顔をする私に、お父さんは
「食べたら一緒だよ」
と笑い飛ばし、コツを教えてくれる。ぎこちない手つきで包んだ水餃子は、不思議と愛おしかった。
しばらくして、大きな鍋で水餃子が茹で上がった。湯気とともに、香ばしい香りが部屋中に広がる。醤油、酢、ラー油を混ぜ合わせたタレにつけて、出来立ての熱々の水餃子を口にした。
その時の衝撃は忘れられない。皮はもっちりとしていて、噛むと中からジューシーな肉汁が溢れ出す。ニラと白菜のシャキシャキとした食感がアクセントになり、いくらでも食べられそうだった。これまでに食べたどの餃子とも違う、素朴で、それでいて深い味わい。美味しいか尋ねるお父さんに、私はただ、無言で頷くことしかできなかった。その日から、好物を聞かれると水餃子と答えるようになり、中華料理店で水餃子を頼むようになった。
時が経ち、私たちは大人になった。魯くんとの関係は途切れてしまい、どこでなにをしているのか不明だ。教えて貰ったレシピも、お父さんの経営する会社の名前も、忘れてしまった。
それでも水餃子を食べるたびに、私はあの特別な夜を思い出す。それは見たこともない香辛料が入っているからという単なる料理の味に由来するのではない。心を通わせた友人とその家族との温かい記憶、常識が覆された衝撃、そして、それらが創り出したかけがえのない瞬間を象徴するものであるからだ。私にとって水餃子とは、ただの食べ物ではなく人生の教訓なのだ。新しい体験に出会うため、私は今日も、水餃子を注文する。あの日を越えるような運命の出会いは、訪れるのだろうか。
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