曖昧

2025-11-17 13:51:00

山田彩綾

 

言葉は、単なる情報の伝達手段ではなく、文化や価値観、感情をも表す重要な道具である。特に異なる文化圏においては同じ意味の言葉でも受け止め方や表現方法に大きな差があるということを私は、中学生の頃からの友達から学んだ。中国の友達とすごした経験を通じて、なぜ日中の言葉の使い方の違いがあるのかについて疑問を感じている。

まず一つ目の例として、「はっきりものを言う」ことに対する受け止め方の違いがある。中国では、率直に意見を述べることが誠意や正直さの証とされる。仕事などだと、会議で上司の意見に対しても「私はそう思いません」とはっきりと反論できるのが中国だそうだ。はっきりとした意見は議論を活性化させ、より良い結果につながると考えられている。一方日本は、同じ場面で反論すると、場の空気を乱すと受けとめられることが多く、柔らかい表現にする事を求められる。直接的ではなく曖昧な表現が好まれる。この違いは、言葉が相手に与える影響を重視する日本文化の特徴だと私は思う。

次に、感謝や謝罪の表現にも違いがあった。中国では、親しい間柄であればあるほど感謝や謝罪が少なくなる傾向があるそう。「ありがとう」や「ごめんなさい」を頻繁に使うとかえってよそよそしく感じられる。私の友達も「わざわざ言わなくても分かっている」という無言の理解が重視されていた。しかし、日本では、親しい相手でも、感謝、謝罪の言葉はきちんと伝える事が重要である。日本の「~していただけませんか」や「ごめいわくでなければ~」という言葉はあいまいでやわらかい。相手への気づかいだ。しかし、この気づかいはかえって「はっきりしない」「自信がない」と受けとられる。中国はストレートに「手伝ってください」と言う。強くきこえるが、これが礼儀の正しさ誠意を表す。

私もよくこれで友達ともめていた。具体的な例としては、「考えておきます」が分かりやすい。日本では、やんわりとした曖昧な返答だが、中国では「できません」という直接的な言い方になる。このようなすれ違いは、ビジネスでも日常生活でも起きる。日本は、相手の気持ちを察する事が良いとされ、「空気を読む」ことが求められる。一方で中国語では、自分の意見を明確に伝えることが重要とされ、遠回しな表現が誤解のもとになる。

しかし、これはどちらが良い、悪いという話ではない。文化の違いから来ている。価値観の違いにすぎないのだ。日本の「やわらかい表現」には相手を思いやる心があるし、中国の「はっきりした言い方」にも誠実さや時間を大切にする気持ちがこもっている。

こうした違いに気づくことで、私は「相手の国の言葉を学ぶ」ということは、単に語彙や文法を覚えることではなく、その言葉の背景にある文化や考え方を理解することだと実感した。相手の表現が自分の感覚と少し違っても、「そういう受け止め方があるのか」と知るだけでコミュニケーションは優しくなる。

今後、海外の言語や文化を学ぶ際には、「まず知ろうとする姿勢」を持ちたい

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