四川人、ラオザオで起業する。

2025-11-17 14:03:00

霜倉チャールズ元気

 

日曜の午後、仕事のことを考えながら俯き加減で住宅街を歩いていた。突き出し看板が視界に入り、顔を上げた。「ゆゆ屋」と白地に踊る文字の下に、仲の良さそうな白玉二個が浮かぶお椀の絵と「やさしい甘さ、糯米のちから」の言葉。四階建てアパート一階の店で、立て看板には中華風ドリンクメニュー。中国で通ったCHAGEEのような新式茶店を思い出し、足を止めた。

扉を開けると、四席だけのカウンターで店主らしき女性と客が中国語で談笑している。ぬいぐるみのパンダも奥に座っている。席に着くと、店主が試飲を勧めてくれた。バラの花びらが浮かぶ醪糟(ラオザオ)ソーダ。口に含むと、底に沈む米粒の甘みがほどけ、バラの香りが鼻腔に広がった。「好喝(美味しい)!」と目を丸くすると、緊張していた店主の表情も明るくなった。これが僕と醪糟の出会いだ。

注文した金木犀味の醪糟ジャスミンミルクティーを味わいながら尋ねた。醪糟は糯米から作る四川の発酵食品で、さらに発酵させると度数3%の酒になる。日本の甘酒や濁酒に似ている。四川出身の店主は故郷の料理の「激辛」だけでない奥深さを熱っぽく語った。「また来てください」と穏やかな笑顔で見送られ、再訪を心に決めた。

後日、ゼリー状デザートの醪糟冰粉を掬いつつ、店を始めた経緯を訊いた。彼女は日本の大学卒業後、中国のアパレル業界で働き、日本に戻って大学院でファッションマネジメントを学んでいた。起業が夢だったが、SHEINなどファストファッション全盛の中、儲からないだろうと考えた。

転機は昨年六月。彼女の手料理に友人が「店をやったら?」と呟いた。幼い頃から祖父に学び、勉強のストレス発散に作ってきた料理。試みに中国発SNSの小红书で料理投稿をすると、「家に行きたい!」と多くの在日中国人から声が集まり、実際に公園で料理を振る舞った。今やフォロワーは一千人近い。

見込み客がいても、店を構えるのは容易でなかった。開業資金が嵩むうえ、外国人で、女性で、学生である彼女が借りられる物件は限られていた。ついに見つけた住宅街の一角は、図らずも客とゆったり話すのに最適な空間となった。こうして醪糟専門店が生まれた。

「なぜ醪糟専門に?」と尋ねると、「四川の味で、日本でまだ知られていない。健康に良いし、狭い店でも出しやすいから」と自信ありげに答えた。「いずれ本格的な中華料理店も出したい。ゆゆ屋でも料理を出す」と語る瞳には、温厚さと賢さ、そして確かな野心が同居していた。

宣言通り、料理提供も始まった。僕がその日頼んだのは四川臊子面。香辛料の利いた辛くてコクのあるスープに、細かく刻んだ肉と野菜、細い手打ち麺が絡み合い、体の芯から温まる一杯だった。涼しい顔で平らげる僕を見て、隣の四川人客が「私には辛すぎる。四川人失格だ!」と叫ぶと、狭い店を埋め尽くした店員たちも客も一斉に笑い声を上げた。

店の小红书には開店後の日々が綴られる。七日目の投稿はこうだ。「午後に一人の日本人青年が来店した。彼はこの店で最初の日本人男性客だ。メニューには発音表記がないけど、彼は正確な中国語の発音で注文しました。すごい🥰」この青年は僕だ。片言でも、発音だけは悪くないらしい。

九日目の投稿には「慢慢、慢慢改,一步步走。」とある。この一文がやさしく、ちから強く僕の中で響いた。僕は去年からスタートアップで国内外の様々な事業に携わっている。優秀な同僚たちと自分を比べるたびに能力不足を感じ、自信を失っていた。「少しずつ試し、少しずつ改め、一歩ずつ進む。」彼女が自らに言い聞かせたような言葉は、焦燥で渇いた僕の喉を潤した。未来への挑戦の意志は、国境を越え共鳴するのかもしれない。

開店まもない小さな店は、醪糟よろしくゆっくりと発酵し、日中両国の人々の心の奥で大きくなっていくのだろう。

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