百聞不如一見

2025-11-17 14:07:00

大井菜ノ香


「中国語でいっか」

大学1年次の第二外国語は、大多数が中国語を選ぶから、という受け身的な理由で決めた。理系学部に進学し、言語習得は重視していなかったこともあり、他の多くの学生と同じようノルマとして中国語を履修した。受講してみると授業は楽しかったし、グループワークがあったので友人もできた。また、某テーマパークでチケット販売のアルバイトをしていた私は、中国人観光客にチケットを販売することもあり、「一共是七千五百日元」などと拙い発音で言ってみたりして、活用もしていた。一方で、他の多くの学生と同じように、履修のノルマが達成されると中国語の知識を脳の片隅に追いやり、他のノルマに専念した。この時はまだ、私にとって中国は遠い隣国だったのだ。

私には、大学時代からの親友4人組がいる。4人でいれば不可能が可能になるとさえ思える大切な仲間だ。昨年、ひょんなことから親友らとの上海旅行が決まった。しかし、当時中国への入国にはビザが必要だったし、中国と日本の関係といえばあまり優れず、反日感情を持つ人が多いイメージがあった。また、日本に来る中国人観光客のマナーの悪さを取り上げたニュースはよく見かけていた。そのため、日本人として中国へ行くことには不安を感じていた。しかし、感じていた不安はまったくの杞憂に終わった。

旅行では、いい意味で期待を裏切られた。東京タワー級の建物がいくつもあるとか、きれいに整頓された街並みなど、すべてが新鮮だった。また、列に並ぶ人たちの距離が近かったり、レストランでお客さんがいるのに店員の朝礼が始まったり、日本とは違う文化に触れて、理解を深めようと努めた。怖いと思っていた中国の人々は、接してみると優しい方が多かった。私たちとは違う文化を持っているだけで、心は日本人と同じくらいかそれ以上に温かいのだ。

旅行当日、入国して1時間足らずの電車内のこと、私たちは賑やかな7人組のマダムに出会った。マダムたちは旅行中なのか、楽しそうに話が尽きない様子だった。しかもスピーカーで音楽を流していた。日本の電車内では考えられない光景だが、周りはそれを受け入れている様子だった。楽しいことを楽しそうに全身で体現している様は私たちにとって格好良かった。そんな7人組のことを見入ってしまっていたのか、リーダー格のマダムに話しかけられた。私が日本から来たことを伝えると、珍しかったようでたくさん質問をされた。マダムたちはカタコトの中国語を辛抱強く聞き取ってくれた。最後には全員で写真を撮り、リーダーと連絡先を交換するほど仲良くなった。後にお互いの旅行中の写真を送り合うことになる。こんな経験は日本国内でもしたことがないし、こんな積極的な自分にも出会ったことがない。新しい文化の中で、新しい自分を見つけた気がした。まだまだ新しい自分はいるはずだ、と無限の可能性さえ感じている。

温かく開放的で寛容な文化の虜になった私たちは、次は北京に行く。

私は、次の旅行ではもっと中国語を話したくて、勉強を再開した。旅行で話す、という目的があるので、勉強に身が入る。「中国語でいっか」7年前はそう思っていたが、今は「中国語がいい」。

旅行前には、中国を訪れることの不安を感じていたが、実際には日本人でも隔てなく接してくれる印象だった。将に、百聞は一見に如かず。私のように、中国へ訪れたことがない人で、中国人に誤った印象を抱いている人は多いと思う。国同士は難しい関係だが、国民同士の交流はもっと盛んになってほしい。お互いに、接することでわかる魅力があるはずだから。

魅力に気が付いてしまった私は、近くて遠いこの隣国同士の友好を築く役割があると思う。中国語を習得して、この役割を果たせるような仕事をしたいと思っている。この目標に向かって、努力をしたい。

百聞は一見に如かず、北京ではどんな魅力に出会えるのだろう。

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