中国語がくれた私の宝物

2025-11-17 14:47:00

服部美有紀

 

仕事で使うわけでもなく、中国語を話す親族がいるわけでもない。それでも、私はかれこれ5年以上、ほぼ毎日中国語を勉強している。試験のために寝る時間を削ったこともある。中国についてもっと知りたいと思い、中国に関する本や映画をジャンルを問わず積極的に触れている。日々の多くの時間を、中国に関することに費やしている。

なぜそんなに必死になって取り組むのか――その理由を考えてみると、中国語を通して得たものが、私にとってかけがえのない宝物になっているからに他ならないのだろう。

大きく分けるとふたつの大切なものを中国語学習を通して得た。

一つ目は、中国人の友人たちだ。

彼らは日本語学習者で、インターネットの交流サイトで知り合った。文章や発音を指摘し合い、勉強を励まし合ってきた。中には、3年以上ほぼ毎週言語交換をしている友人もいる。

会社勤めや学生など立場はさまざまだが、ひたむきに日本語を学んでいる彼らを心から尊敬している。彼らもまた「ミユキさんは、こつこつと中国語を続けていて素晴らしいですね」と言ってくれる。特に仲良くなった何人かとは、中国と日本それぞれの街を訪ね合ってきた。彼らの日本語に負けないよう、私も中国語を上達させようと強く励まされている。

尊敬しあえる友人たちと出会えて仲良くなれたことと、そんな友人たちが広い中国の各地にいることが、私にとって喜びであり、誇りでもある。

二つ目は、中国で紡いだ数々の思い出だ。

中国語が上達するにつれて、出会った人々と気軽に会話ができるようになり、旅により深みが増していった。

私が拙いながらも中国語を理解する外国人だとわかると、町の人々は人懐こい笑顔で私や日本のあれこれを次々と尋ねてくる。仲良くなって観光案内までしてくれたタクシーの運転手さんや広場ダンスの輪に誘ってくれて踊りを教えてくれた人もいた。

私が出会った中国人は、皆エネルギッシュで温かい人ばかりだった。数えきれないほどの親切を受け、楽しい思い出を積み重ねてきた。

また、人そのものだけでなく、魅力的な都市や文化を味わってきた。

中国語を学ぶ中でさまざまな町や文化の知識を得て、興味を持った土地へ訪ねるようになった。中国語で情報を集め、都会から田舎まで足を運び、中国という国の輪郭が少しずつわかり、さらに知りたいことが増えていく。気になった土地を丁寧に訪れることで思い出が増え、中国への理解が深まっていく過程が楽しい。

都市によって、風景や民族だけでなく、町全体がまとう雰囲気までもが変わり、中国の多様性を全身で感じることができる。高層ビルひしめき、多くの人々で賑わう都市のエネルギーには毎度驚かされる。そんな近代的な都市でも、伝統文化が大切に守られている姿を見かけることができるのも興味深い。西部の高原地方の空の青さは、私の人生で見た中で一番美しい青だったと言っても過言ではない。冬の東北地方の朝の肺に突き刺さるような寒さの中で食べる豆腐脳は格別だった。

旅で出会った人々や風景の一つひとつが、私の中でいつでも色鮮やかに輝いている。

他人から見たらささいな体験にすぎないかもしれない。しかし、どれも中国語を学び中国に関心を持ち続けてきたからこそ得ることができた思い出だ。

友人、街なかで出会った人々や訪れた都市の思い出――これらすべてが中国語の勉強を通して得た私の宝物だ。

この宝物が日本での毎日の生活の大きな原動力になっている。

そして、両国で誤解や対立が生まれ、ネット上に心ない言葉が飛び交う時も、私はこう信じることができる。「友人や街なかの人々はあんなにも明るくて温かい。理解し合えば日本と中国はもっと仲良くなれる。両国の未来はきっと明るいものになるだろう」と。これも勉強の大きな成果である。

中国語をこれからも懸命に学び、私の宝物をさらに増やし、磨き続けていきたい。

 

 

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