笑いと温かさに包まれた大連の1年

2025-11-17 14:49:00

太田結子

 

大学2年の秋、私は中国語ゼロのまま、大連行きの飛行機に飛び乗りました。「大丈夫かな」という不安と、「どんな出会いが待っているんだろう」というワクワクが入り混じったまま。到着すると想像以上のカルチャーショックと、フレンドリーな中国流押しの強さに、初日から翻弄されっぱなしでした。中国語がほとんど話せない私に対しても、現地の人々は遠慮なく話しかけ、時には言葉を繰り返して教えてくれました。最初は聞き取るのが精いっぱいで、頭が真っ白になることもありましたが、毎日のやり取りで少しずつ言葉がつながる感覚を得られ、気づけば中国語で冗談を交わしながら笑い合えるようになっていました。

春節には、出会って間もない友人が私たち外国人3人を実家に招待してくれました。家には、私の好きな紅焼肉土豆や好物のドリンク、フルーツがずらりと並び、お腹がはちきれそうになるほど食べさせられました。飲み物も次々に勧められ、「もう飲めないよ」と思いつつも、笑顔で乾杯を繰り返すしかありません。夜には家族と一緒に餃子を包み、皮の端を閉じる手元に集中しながらも、誰かが形を失敗すると大笑い。お父さんとの晩酌や家族全員の気遣いは、まるで自分も家族の一員になったかのようで、言葉では言い表せない喜びが胸にあふれました。母がそっと紅茶を差し出してくれたり、弟が小さな餃子を「これあげる」と笑顔でくれたりするたび、心がじんわり温かくなりました。

留学中に通い続けた行きつけの砂鍋料理店も、私にとって第二の家でした。店に入ると、店主はいつもニコニコで迎えてくれ、帰るときには「また来るんよ」と声をかけてくれました。学校のことや勉強の様子、遊んだことまで気にかけてくれて、本当に中国の母親のような存在でした。留学最後の日も変わらず温かく見送ってくれ、飲み終えるたびに豆乳ジュースを差し出され、正直「もう飲みきれないよ」と思いつつ笑ってしまいました。来たばかりのころは想像もしていなかったのに、最後の来店では、こんなに中国での生活に別れを告げるのが惜しいと思うほどになっていました。最後には一緒に写真も撮り、まるで生活全体が優しく見送ってくれているようで、胸がぎゅっと温かくなりました。

中国の人々は、ときに押しが強く、おせっかいに感じることもあります。でも、その全力さや自信こそが、街の活気や笑顔あふれる日常を作り出しているのだと気づきました。異文化の中で暮らすことで、最初は戸惑った考え方や行動も、やがて柔軟に受け止められるようになり、他者を尊重する大切さを学びました。そして何より、日本では味わったことのない、特別で感情豊かな優しさが、街のあちこちや人々の笑顔にあふれていることを知りました。文化や価値観の違いに向き合った日々は、私にとってただの経験ではなく、これからの人生を支えるかけがえのない宝物となりました。

将来、私はこの留学で感じた中国の温かさを胸に、国際的な場でも柔軟に交流できる人間になりたいと思います。文化や言葉の違いに戸惑うこともあるかもしれませんが、相手を思いやる気持ちや小さな心遣いを大切に、多様な人々と心を通わせ、互いに尊重し合える関係を築いていきたいです。大連での1年間は、笑いと温かさに包まれ、想像もしなかったほど心を満たしてくれた時間であり、私にとってかけがえのない宝物となりました。

 

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