暮らしの中の中国

2025-11-17 15:12:00

大友孝祐 

私にとって中国は、子どもの頃から「少し身近な外国」だった。それはニュースでもなく、旅行でもなく、自宅のすぐそばにあった。

私の父は自営業を営むかたわら、副業として大家業を行っており、自宅の近くにある父所有の賃貸物件には、父の会社で働く外国人労働者の方々が暮らしていた。彼らは日常的に私たち家族と関わっており、自然と私も交流する機会があった。その中でも特に中国人の男性が小さい私をよく可愛がってくれたことを、今でも覚えている。言葉は通じなくても、笑顔やちょっとした遊びを通じて、私は「外国人」に対して壁を感じることなく育った。

しかし、成長するにつれ、日本では外国人が自由に家を借りにくいという現実を知った。特に、中国をはじめとするアジア出身者に対して、「騒音が心配」「ゴミの出し方が不安」といった偏見から、入居を断られるケースも少なくない。私は子どもの頃から接してきたあの優しい人たちが、こんな扱いを受けているのかと思うと、胸が痛んだ。

そんな思いから、高校生のときに父の勧めで宅地建物取引士の資格を取得した。将来は、自分自身で外国人でも安心して暮らせる不動産会社を立ち上げたいと思うようになった。

「住まい」こそが、その人の人生の出発点であり、人生で最も長い時間を過ごす場所になる。だからこそ、国籍や文化を理由に門前払いされるような社会を変えたいと強く思ったのだ。

大学で不動産や経営学、マネジメントを学ぶ中、外国人向けの住まい支援に関心を深めた私は、調査の一環として不動産会社の内見に同行させてもらう機会を得た。

案内先は、30代前半の中国人夫婦と3歳の女の子。ご主人は日本語がほとんど話せず、奥さんが通訳アプリを使ってやり取りしていた。

「このエリアの小学校はどうですか?」

「近くに内科と小児科、どっちもありますか?」

家賃より、子育て環境を何度も確認するその姿に、「家を借りる」という行為が、彼らにとって単なる引っ越しではなく「新しい生活を築くための大きな決断」であることが伝わってきた。

帰り際、奥さんがふと笑顔でこう言った。

「私たち、国は違っても、子どもを大切にしたい気持ちは一緒ですね。」

その言葉に、幼少期に出会ったあの中国人のおじさんの優しい顔がよみがえった。遠い国の話だった中国が、「隣人」としてのリアルな存在に変わった瞬間だった。

近年、中国人の方々はWeChatなどのSNSを駆使し、住みやすい街や信頼できる物件情報を共有しているという。情報を広めるだけでなく、知らない土地で助け合うための手段として、デジタルの力を活用している姿に私は感銘を受けた。「暮らしのつながり」は、政府や行政が求めるレベルよりも速く、強く、お互いを結びつけているのかもしれない。

こうした経験を経て、私は中国語の学習を始めた。発音や文法の違いに苦戦することも多いが、自分の言葉で安心を届けられるようになりたい、もっと多くの中国人の方と交流してみたいという思いが、学びを支えてくれている。

将来、私は外国人向けの不動産会社を立ち上げたい。中国をはじめ、さまざまな国から来た人たちが、日本で安心して住まいを得られ、暮らしを築けるような仕組みをつくりたい。その先には、彼らが「この国に来てよかった」と感じられる社会を実現したいという夢がある。そのような社会を実現した先にこそ、日本の持続可能な発展、国際社会との協調、そして真の「日中友好」があると思う。

政治的な緊張や歴史的な課題は、簡単には消えない。毎日のニュースは無論、身近な大人との会話の中にも、取り残された禍根や偏見を感じることがある。けれど、日々の暮らしの中で芽生える「優しさ」や「共感」は、確実に国と国をつなぐ力になる。

私は、子どもの頃に出会ったあの中国人のおじさんの笑顔を思い出しながら、これからも「暮らしの中の中国」と向き合っていきたい

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