出会いが溶かした偏見

2025-11-17 15:17:00

坂井駿介

 

上海虹橋空港の入口。ガラスの自動ドアがゆっくり開き、赤いバックパックに紫の大きなスーツケースを引く彼女が視界に入った。

遠くからでも、画面越しに何度も見たその笑顔だとすぐにわかった。「你好、はじめまして」と弾む声で手を振る私に、彼女は満面の笑みでこたえた。

出会いは2020年夏。ITを専攻する私は、技術だけでは世界を広げきれないと感じ、語学交換アプリを始めた。

さまざまな国の人と話す中で、彼女が最も気が合い、よくビデオ通話で互いの文化や流行を教え合いながら笑い合う日々が続いた。

しかし新型コロナということもあり、彼女とは3年弱会うことはなく通話やチャットでの会話のみとなった。

2023年春、中国で旅行ビザが解禁され、複雑な手続きを経て初めて対面した瞬間、彼女の声の響きや、空気に混じる笑い声、その温もりが胸に直接伝わり、これまで感じたことのない実感をもたらした。

滞在中は上海ディズニーで童心に返り、浦東の高層ビル展望台から煌めく夜景を見下ろした。黄浦江のほとりを並んで歩き、「好きです、俺と付き合ってください」と伝えると、彼女ははずむように「喜んで!」と答えた。

川面に映る二人の影が、まるで新しい物語の幕開けを告げているようだった。

帰国後、最初にぶつかったのは周囲の反応だった。両親は「本当に大丈夫?」と心配し、友人からは「彼女、中国人なの?」と驚きの声を向けられた。なぜ「中国人」というだけでこんなにも疑念を抱かれるのか。日本人同士でも合わない相手はいるのに、国籍が違うだけで心配される理不尽さを痛感した。

さらにSNSを開けば、中国に関する過激な悪口や排斥コメントであふれている。「中国人は信用できない」「中国人は日本から出て行け」根拠なき偏見が誰かを傷つけ、見ているだけで胸が痛んだ。

日本を愛する中国人だけでなく、中国を愛する日本人にも、この言葉はどのように響くだろうか?

20251月、彼女の故郷・湖南省を訪れたとき、はじめて彼女の家族と顔を合わせた。

円卓には紅焼肉や椒魚頭などの湖南料理が山盛りに並び、親戚は「もっと食べて」と笑顔で取り分けてくれる。毎食を共にし、「今回は私がおごるよ!」と親戚みんながもてなしてくれた。国が違うことをまったく問題視しないその寛容さに、私は深く安堵した。

同月、北京を訪れた際には、スーパーの通路を子どもが自転車で駆け抜け、バイクや車であっても歩道を縫うように行き交いながらクラクションが街にリズムを刻んでいた。買い物せずともレストランで涼を取り、スーパーで買った飲み物をレストランで飲む自由さ。映画館では声を潜めず、面白いときに笑い、驚くときに声を上げる。そこには人間らしい“生”が満ちあふれていた。一方、日本に戻れば時間通りに動く電車に身を委ね、細かなマナー違反がニュースになる社会に暮らしている自分に気づいた。ネットや報道だけでは決して感じられないリアルな息づきを体感し、未知の世界を見る大切さを噛み締めた。これは、語学アプリで偶然出会った彼女との奇跡的な出会いがもたらしてくれた気づきだった。

今年の春に二人で東京に引っ越し、彼女は金融系の会社で働き始めた。食卓に並ぶ本格的な中国料理は、私の中に残っていた偏見を一皿ずつ溶かしていくようだった。言葉や文化の違いが、互いを理解するための豊かな手がかりになることを日々実感している。

私たちはこれからも、家族や友人、日本人が持っている偏見と向き合い、対話を重ねていく。なぜ「中国人だから」と驚かれるのか、その問いに真摯に向き合いながら、一つずつ偏見を解きほぐし、国境を越えた理解の橋を築いていきたい。手を取り合い、顔を合わせることでしか得られない温度がある。それが、私たちの歩むべき第一歩なのだから。

 

 

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