所愛隔山海、山海皆可平

2025-11-17 16:16:00

糸賀心寧

 

言語とは、何だろうか。言語は愛だと私は思う。愛には様々な形がある。家族への愛、友人への愛、恋人への愛。人は愛を伝えるとき、必ず言語を使う。たとえ物理的な距離があって会えなくても、手を繋げなくても、言葉があれば心を繋ぐことができる。

 もちろん、二千キロ離れていたとしても。

十二月、ウィーチャットという一度も使用したことの無かったアプリに中国人の男性が現れた。親友が交換留学で知り合った相手だ。それが、人生で初めてこんなにも人を深く愛するきっかけになるとは、思いもしなかった。

 彼は私より一歳年上の高校三年生で、日本語を学んでおり、八月に留学に来る予定だった。彼はよく「日本の文化や礼儀作法は素晴らしくて大好きだ」と語った。その度に「そんなことないよ」と返しながらも、日本のことを褒められると照れくさく、嬉しかった。最初は学校で課される中国語の宿題を手伝ってもらおうというズルい企みだったのだが、彼は私に沢山の知らないことを教えてくれた。

最初に教えてくれたのは「哇」という中国語だ。学校の中国語の授業や教科書ではこの言葉は見たこともなかったが、彼はよく私の連絡に哇、と反応する。驚いた時の感嘆詞だそうで、私はずっと「蛙」と見間違えていた。彼はよく笑い、話はとても面白かった。例えば、中国では十八歳から飲酒が可能だそうで、彼が初めてお酒を飲んだのは元恋人に振られたときだとか。苦しくて味も分からなかったと言った。そんなエピソードさえ新鮮で、もっと中国のことを聞きたいと思った。やがて私たちは電話をするようになり、中国語の宿題も楽しみに変わった。彼が「あなたと話したいから日本語の勉強を頑張っている。あなたは僕の原動力だ。」と言った時、私は初めて彼に愛を感じた。私は彼のためにリスニング問題を作り、日本語試験に合格できるように毎日一緒に練習した。

時には連絡だけでは物足りず、直接想いを伝えたくて中国語で手紙を書き中国へ送った。言葉で伝えたい気持ちは溢れるばかりだった。私にとっても彼は、勉強の原動力だった。将来の夢を尋ねたとき、彼は「親孝行をしたい」と即答した。中国人は家族を大切にする人が多いと知り、感動した。そしてますます彼を好きになり、もっと私を知ってほしいと思った。

もちろん失敗もした。「中国人の好きな人を喜ばせる方法」と検索して、出てきた通りに彼を「老公」と呼んだ。すると彼に「私たち、結婚しているの?」と笑いながら返され、私は顔が火のように熱くなった。(老公は中国で夫を呼ぶ言葉。)結婚とまではいかなかったが、彼も私と同じように愛を抱いているのは確かだった。      

気づけば七月。留学試験を控えた彼とは、音信不通になった。「世界一大好きだ」という言葉を残して。試験に集中して、日本の国立大学に一緒に行こうと約束していたからだ。この二カ月間はとても辛かった。彼との連絡が途絶えることは、言葉が途絶えることと同じに思えた。しかし、実際にはより深い繋がりを作るための時間だったのだ。私は人生で初めて中国語検定に挑戦した。彼もきっと留学試験に合格して戻ってきてくれると信じていた。なぜなら、愛は言語だから。

ある中国人の知り合いが私に「所隔山海、山海皆可平」と教えてくれた。愛する二人の間に山や海があっても、愛の力は山や海さえ平らにするという古い中国のことわざだ。言語も同じである。どんなに高い山があっても、どれほど広い海があっても、言葉があれば人は繋がれるのだ。

そして今、彼が日本に到着するまで残り二時間となった。試験に合格した彼は、奇跡的に再び私に連絡をくれた。現在、空港でこれまでのことを思い返しながら、私はペンを走らせている。彼が来たら、まず何と言おうか。

いや、言葉よりも先にきっと「哇」と声が出て、彼と私は顔を見合わせて笑うのだろう。

 

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