手心手背の向こう側
2025-11-17 16:18:00
望月爽来
「はい、それではチーム分けをします!『手心手背(shǒu xīn shǒu bèi)』で決めましょう!」
中国人留学生の友達がそう言って、にっこり笑った。私は一瞬、意味がわからなかった。「手心?手背?」——日本のじゃんけんとはまるで違う。彼女の説明によると、これは皆で一斉に手を出し、手のひらを上にするか(手心)、下にするか(手背)を選び、数が少ない方が勝ち、あるいは負けになるという遊びらしい。驚くほどシンプルなのに、その発想の違いに私は「なるほど!」と声を上げてしまった。ほんの些細な遊びにも文化の違いが息づいていることに、私は初めて気づいた。
けれど、この「なるほど!」という感動が、ある日ふいに「どうしてわからないんだろう」という戸惑いに変わった出来事がある。
同じ教室で自習していたとき、隣にいたその留学生が突然スマホでビデオ通話を始めた。画面の向こうには彼女のお母さんがいて、彼女の表情は一瞬で柔らかくなった。親しげな笑い声、早口の中国語、真剣にうなずく様子。きっと日常の何気ない会話だったのだと思う。でも、私はただ黙って隣に座っていた。同じ机でノートを開いていても、彼女の世界には入っていけなかった。言葉が一つもわからなかったのだ。
彼女の声にこめられた思いや、急に表情が変わった理由すらわからず、私は「部外者」であることを強く感じた。同じ空間にいながら、心は遠く離れていた。
中国語の単語や文法をいくら勉強しても、その言葉の先にある感情や関係性、家族との絆までは、すぐには理解できない。そんな当たり前のことに、私はその日、初めて真正面から向き合った。
「手心手背」という文化を面白いと感じたときの喜びと、家族の会話に触れられなかったときの寂しさ。この二つの体験は、やがて私の中で一つの決意へと形を変えていった。「中国語を学ぶ」だけでは足りない。私は、その奥にある文化や人々の暮らし、その心までも知りたい。
「なるほど」と理解するだけでなく、いつか「わかる」と心から感じられるようになりたい。遊びの手のひらの向きひとつにも息づく習慣や、母と娘が交わす会話に流れる温もりを、言葉の意味を超えて理解したいと思った。
中国語を学ぶことは、単なる語学の勉強ではない。それは「手心手背」の向こう側…つまり、中国という広く深い世界への扉を、一歩ずつ開いていく旅なのだと、今の私は思っている。
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