“正しさ”の基準は一つじゃない――私が中国で学んだこと
2025-11-17 16:37:00
増田佳純
私は中国が好きで留学を決めた。けれど、北京で暮らした一年間は、「好き」の先にある“理解”の難しさを教えてくれた。特に私の中にあった「民主主義的な価値観」が、どれほど自分の視野を制限していたかを知ったことは、今でも忘れられない。
私は高校時代から中国に強い関心があった。きっかけは中国の歴史や衣装文化を題材にしたドラマにはまり、中国語を再び学び始めたことだった。目の前に広がる中国語の世界、中国の伝統、音楽、美意識。それらはどれも、自分の知らなかった価値観に満ちていて、私はそれに心を動かされた。
昨年念願だった北京留学が実現した。不安がなかったわけではない。ニュースでは中国に対する否定的な報道も目にしていたし、周囲にも「気をつけて」と言われた。しかし私は「自分の目で見てみたい」という思いを大切にして、留学に飛び出した。
現地で暮らし始めてまず驚いたのは、私が思っていた以上に、中国社会には独自の深い思想が流れているということだった。特に、儒教的な価値観の存在は生活の至るところに感じられた。親を大切にする「孝」の精神は、日常会話にもあらわれるし、目上の人への敬意の示し方などにも表れている。
また、中国では政治のトップが長い年月をかけて評価され、私生活をあまり語らないことが美徳とされている。日本では、政治家の「人柄」や「個性」がメディアで取り上げられることが多く、発言やイメージが注目される傾向にある。一方、中国では、リーダーとしての実績や統率力が重視され、私的な側面が語られることは少ないように感じた。
この違いは、単に文化の違いというよりも、背景にある思想の違いだと思う。私はそこで、ひとつの問いに向き合うことになった――「私たちは、どんな“ものの見方”で他国を見ているのか?」
私たちが当たり前に信じている「民主主義」や「個人の自由」という考え方は、実は世界の唯一の基準ではない。中国は中国なりの歴史や思想に基づいて社会を築いてきた。民主主義的な視点から見れば「自由がない」と映ることでも、現地の人々にとっては「秩序」や「安心」として受け入れられている。
たとえば街には監視カメラが多く設置されていたが、むしろ「安全のため」と考える人が多いことを知って、日本での見方との違いに驚かされた。
それでも、中国を完全に理解するのは簡単ではない。なぜなら、私たちは気づかないうちに「自分の常識」という“フィルター”を通して他国を見ているからだ。そのフィルターが、相手の文化や価値観の本質を曇らせてしまう。
私が留学中に出会った先生は、海外で比較文化を学んでいたこともあり、私たちのような外国人の視点もよく理解してくれていた。中国的な思想や社会の成り立ちについて、時にたとえ話を交えながら丁寧に説明してくれたことで、私は初めて「理解とは、相手の立場で考えることなのだ」と実感できた。
日本は「個」を大切にする面もあれば、「集団との調和」を優先する面もある。一方の中国も、国家や集団を重視しつつ、家族の中での「個」や「情」を大切にする文化がある。どちらが優れているということではなく、それぞれに理由があるのだ。
私がこの1年間で得た最も大きな学びは、「一つの価値観ですべてを説明しようとしないことの大切さ」だった。自分とは異なる考え方を“否定”せず、“理解しようとする”こと。それが、異文化を学ぶということだと私は思う。
そして今後も、私はこの「理解のフィルター」を自分の中で意識しながら、中国という奥深い隣国と向き合っていきたい。自分の目で見て、自分の頭で考える――そんな学びを、これからも続けていきたい。
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