消費国から価値生産国へ

2025-11-17 16:54:00

齋藤奈紀

 

「なぜここに?!」 母の還暦祝いで、母姉と女3人旅パリ観光をしていた私の眼はある店舗に釘付けになった。観光の中心オペラ座からルーブル美術館まで歩く道すがら、東西が交差するシルクロードの分岐点を見つけたように感じた。

ヴァンドーム広場。高級宝飾店が立ち並ぶ世界で最も豪華な広場とも言われ、まさにラグジュアリーの象徴である。ココ・シャネルが居を構え、オテル・リッツをはじめ五ツ星ホテルも軒を連ねる。ルイ14世の時代に国王の威光を示すために作られた八角形の広場の中央に聳えるナポレオン像を目前にそのブランドは燦然と輝く。

20197月、パリ・ヴァンドーム広場26番地にオープンした中国のジュエリーブランドQeelin2004年デニス・チャンによって創設された。敦煌の色彩豊かな歴史とシルクロードにおける東西文化の融合に感銘を受け、ブランド名は中国神話上の霊獣「麒麟」にちなむ。

私が中国語に初めて出会った2010年、中国は日本のGDPを抜き大きく経済成長を遂げ圧倒的な「消費国」となった。爆買い()という言葉が2015年の新語・流行語大賞に選ばれ、中国人旅行者の存在感と消費力を世界に知らしめた。

しかしその勢いは近年翳りが見られる。原因は関税、経済低迷や不動産危機、若年層の高失業率に加え、消費者意識の変化も大きい。中間層を中心に、量より質や体験消費へ嗜好がシフト。欧州ブランドへの憧れは依然強いが、全体のボリューム減少、将来の安心や投資価値を意識する行動が目立つ。それでも14億人の人口とGDP2位という規模は依然世界消費の要であり、欧州ブランドを大きく支えている。

しかしかつて中国は「憧れの対象」であり異国趣味として消費される国であった。1618世紀の大航海時代、ヨーロッパは絹、陶磁器、香辛料などを輸入し、東洋趣味(シノワズリ/ジャポニスム)が貴族社会で流行した。フランスの知識人たちは中国思想や社会制度に関心を寄せ、ヴォルテールやレーナルらは儒教や政治制度を称賛。また陶磁器や漆器、装飾はヨーロッパ職人に影響を与えた。

ヴァンドーム広場のQeelinショーケースに輝く平和の象徴パンダや縁起物ひょうたんをモチーフとしたジュエリーは、当時のシノワズリを彷彿とさせ、パリの街並みと相まって東西融合を感じさせた。

驚きはこれだけではない。CDG空港へ向かう環状道路で中国の自動車ブランドBYD比亜迪汽車の大きな看板広告を見つけた。見た際は大した感想もなかったが調べると思わず声が出た。2025年上半期、中国車の欧州市場シェアは5.1%、ドイツのメルセデス・ベンツ(5.2%)と僅差に迫り、6月単月では販売台数で上回った。リーズナブルな価格のイメージが根強いが、BYDは自社開発のバッテリーや高性能に加え、中国皇帝の象徴、龍をフロントデザインに用いるなど伝統と機能性を融合させた設計を打ち出している。BYDの躍進は車だけでない。ロンドンを象徴する2階建バスやスクールバスなど世界各国で導入が進む。

大量・激安生産の模倣型ブランドも健在だが、中国ブランドは欧州ラグジュアリーブランドとの文化競争に加われる独自価値を創造し、再び渇望される存在となっている。

さて今回は母の還暦を祝う旅行であった。この旅で見た景色は、私の胸に驚きだけでなく、誇らしさとライバル心、相反する感情を同時に湧き起こした。還暦は古代中国の陰陽五行思想に由来する十干十二支の一巡、人生再スタートの節目。母が新しいサイクルを迎えるように、中国もまた「消費国」から「価値生産国」へ新しい時代を歩み出している。Qeelin2024年銀座に旗艦店をオープン。実はBYDEVバスは日本で10年の歴史を持ち、国内のEVバスの7割超を占めている。私が働くワイン業界でも中国ワインの台頭は著しい。文化、技術、食文化を通して、勢いある隣人が日本にも東西融合の新しい風を吹き込む。一衣帯水の隣国の一員として、私はその歩みを共に見つめ、ともに未来を創りたい。

 

 

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