無形文化遺産を間近で体験 「Panda杯」受賞青年たちの温州訪問記

2026-01-21 11:02:00

蔡夢瑶=文 顧思騏=写真 

「このコップを見るたびに、温州の思い出がよみがえると思います」。清水美雪さんはいびつな陶器製のコップを慎重に持ち上げ、やや潤った表面をなでた。棚に並ぶ多くの陶器の未焼成品は、2022年「Panda杯全日本青年作文コンクール」(以下、「Panda杯」)の受賞者訪中団が浙江省温州市内の瑞安市に残した足跡だ。 

14年に創設された「Panda杯」は、10年余りで日本全国から6000人以上の若者が応募した。22年度の受賞者たちは主催側に招待され、今年6月末に待ちに待った温州の旅に出た。 

指先で伝える伝統技術 

瑞安市窯小鎮にある漢臣アトリエの体験コーナーで、20人余りの若者がエプロンを着用し、ろくろのペダルを踏みながら、全神経を集中させて回る粘土を自らの手で成型している。「先生、底にひびが入りました。まだ修復可能ですか?」「この粘土はどこ産ですか?」「焼き上がるまで何日かかりますか?」など、若者たちは陶芸に興味津々だ。講師が若者たちの間を縫って、質問に答えていく。 

「温州に来る前は分からなかったが、来てみるとここは歴史と人情にあふれている」とは、大勢の若者の温州への評価だ。6月28日から7月1日のスケジュールで、若者たちは地元の伝統工芸を体験し、「竹糸象嵌」(竹細工の地に他の素材をはめ込む工芸技法)のペンダント、「藍夾纈あいきょうけち」(伝統的な藍染めの一種)のハンカチ、「木活字」で印刷した紙、「温州皮紙」(桑の皮で作られる伝統的手き紙)で作った宮扇など、無形文化遺産に関する思い出で荷物をいっぱいにした。 

忠義街歴史文化エリアを歩いていた若者たちは「南戯館」の軒先に立つ精巧な「人形」に引き付けられた。「まばたきした!」と誰ともなく叫び、ようやく気付いた。炎天下の中で舞台衣装をまとい、微動だにしないその「人形」は人間だった。驚きと畏敬の念が一瞬で沸き立った。 

元代の戯曲『琵琶記』が物悲しい音色と共に幕を閉じると、中国の戯曲を初めて鑑賞した北村想空さんは感慨深げに述べた。「このような小劇場で、観客と演者が至近距離で交流できる形式は本当に心に響きます。日本でよく上演される欧州の歴史劇とは異なり、中国が自国の歴史を舞台で継承する方法は敬服に値します」 

街中の「詒善祠塾」(清末の塾)では、長机の上に木活字で組まれた「長風破浪会有時、直掛雲帆済滄海」という盛唐の詩人李白の詩句が並べられ、神田真帆さんが刷毛で詩句に墨を塗り、飾り気のない「温州皮紙」に刷った。「私の名前は大海原に真っすぐ帆を揚げるという意味なので、この詩がとても好きです」と話し、文字が印刷された紙をうちわに丁寧に貼り付け、世界に一つだけの「皮紙宮扇」を完成させた。 

自家製うちわと、グッズショップのロボットが作った「AI飴細工」を手に、若者たちは忠義街の飾り塀の前で笑顔で記念撮影した。 

温州の無形文化遺産がもたらした新鮮な体験はこれだけではない。平陽坑鎮東源木活字印刷展示館では、我妻里奏さんがたどたどしい中国語で目の前にある「合格通知書」を読んでいた。先ほど東源村の職人から、この通知書が出来上がるまでの墨塗りから印刷までの工程を熟練技による実演で教わっていたところだ。 

勝亦航太さんは「日本の『人間国宝』と呼ばれる職人に会ったことがありますが、今日お会いした方々からも同様の職人気質を感じました。分野は違っても、仕事を始めたときの真摯しんしで細やかな態度は共通しています」と感心した。 

東源村の祝福――若者たちの名前と「万事勝意」(万事うまくいくように)の文字が印刷された紙――を携え、帰りのバスの中、勝亦さんはその日学んだ中国語をメモ帳に記した。 

楊梅は「ヤミー」 

6月29日は「無形文化遺産の夕べ」と題したイベントが真夏の夕暮れを彩った。瑞安の寨寮溪のほとりは無形文化遺産ロードと化し、一列に並ぶ大小さまざまな屋台が煌々としたちょうちんを提げ、それらは芝生に散らばる真珠のようだった。15の無形文化遺産展示屋台には個性的なグルメや文化クリエーティブグッズが並べられ、若者たちは時間を忘れて見て回った。 

この夜は2人のスペシャルゲストが加わった。中日友好特別賞を受賞した有名卓球選手の福原愛さんとネット動画プロデューサーの山下智博さんが現場に駆け付け、若者たちと忘れ難い「無形文化遺産の夕べ」を過ごした。 

福原さんは地元グルメに舌鼓を打ち、瑞安の方言を教わり、さらに無形文化遺産の伝統技術をいくつも体験した。「卓球同様、これらの技術は不断の訓練と自己との対話の中で磨かれたものです。歴史を担うこれらは必ず代々受け継いでいかないといけません」。瑞安の人々が伝統文化を受け継ぎ刷新する努力を目の当たりにした彼女は、日本に戻ってからこの経験を周囲に語ると述べた。 

団員たちがある屋台の前に行くと、店員がかけ声を発した。「うちのは瑞安高楼鎮特産の楊梅ヤンメイ(ヤマモモ)、とても甘いよ!」。小豆色の楊梅が箱詰めにされ、どの箱にもピンポン玉が入れられていた。福原さんは楊梅を一つ取り、ピンポン玉と比べ、「本当に同じサイズだ」と感心した。 

若者たちは次々と「高楼楊梅」を味わい、清水美雪さんはその甘さに目をパチクリさせた。 

「楊梅は温州の方言でyu miと言うんです」と地元民が紹介する。 

「ヤミー(英語『yummy』はおいしいという意味)? 確かにおいしい」。言語の差異がもたらした絶妙の勘違いは一同を笑いに誘った。 

「温州鼓詞」(牛筋琴などを用いて温州方言で演じる語り芸)の屋台では面白いクイズ大会が始まった。「温州方言には日本語の発音と似ている言葉がたくさんあります。いくつか温州方言を言うので、どの言葉か当ててみてください」 

「分かった、『世界』だ!」「『絶対』じゃない?」「『ワンタン』だよ!」。その夜、言語の違いは交流の障壁にならなかった。 

「中国に来たのは初めてですが、夜市の熱気は想像以上でした。屋台に集まるおじいちゃんおばあちゃんは若者に負けないほど元気でした。こういうにぎやかな雰囲気は大好きです」。数々の屋台巡りをした山内清哉さんはさまざまな屋台飯を抱えていた。 

「現在では、伝統文化は新たな形で表現されることにより、新たな活力を生み出せるのです」と、山下智博さんはスマホで瑞安の様子を撮影しながら語った。「日中は国が違えど同じような文化継承問題に直面しています。どのようにして優秀な伝統文化を『発信』するか。無形文化遺産は若い力を引き付け、創造的に転化する必要があり、日中は今後この分野で互いに刺激し合い、学び合えるかもしれません」 

国境を超えた文明の対話 

この日の「無形文化遺産の夕べ」と『無形文化遺産新語』ドキュメンタリーフィルム初上映会は中国外文局アジア太平洋広報センター、温州市文化ラジオテレビ観光局、瑞安市人民政府の共同主催で行われた。多種多様な無形文化遺産の屋台が並んだだけではなく、いくつもの無形文化遺産革新発展プロジェクトの調印式が行われ、武術やダンスなど多彩な芸術表現によって無形文化遺産の魅力を伝えた。若者たちは各界のゲストと国境を超えた文明の対話をスタートさせた。 

芝生中央に設置されたステージにライトが集まり、瑞安市人民政府市長候補者の李剣鋒氏が登壇しあいさつを行った。李氏はゲストたちに瑞安の順調に発展する都市としての一面と深い歴史を持つ無形文化遺産の継承を説明し、次のように述べた。「今回のイベントは瑞安の無形文化遺産を披露しただけではなく、中日の感情的結び付きを強めるものでもあります。中日の若者がこのイベントをきっかけにし、無形文化遺産を通じて交流を深め、無形文化遺産を『生き生き』と『流行』させ『熱く盛り上げて』いき、国境を超えた共鳴が文化継承における最も感動的な次章となることを願っています」 

続いて中国外文局アジア太平洋広報センターの趙総編集長があいさつを述べ、「無形文化遺産を通じて人的文化交流を深める」というテーマに三つの思いを寄せた。一つ、文化の根幹を深く掘り起こし、伝統の遺伝子に時代の輝きを取り戻す。二つ、メディアへの表現方法を革新し、伝統の魅力をデジタル時代に花開かせる。三つ、若者の力を引き出し、文化の出会いを心の理解へ進ませる。そして、各界と共に「無形文化遺産+国際広報」のプラットフォームを構築し続け、より多くの若者が無形文化遺産を通じて互いに理解し合い、より多くの優れた文化コンテンツを世界へ送り出す後押しをしたいと述べた。 

若者たちは芝生に座り、ご当地グルメを食べながら『無形文化遺産新語』ドキュメンタリーフィルム第3巻の「木活字印刷、『古きを刻み新しきを銘じる』中国の記憶」を鑑賞した。この旅で実際に体験した無形文化遺産の技がスクリーンに映し出され、若者たちの感動もひとしおだった。松浦凛璃さんは「伝統的なお菓子がかわいい動物の姿になって、無形文化遺産が映画になる……中国の伝統文化がこんなに面白く変わるとは思いませんでした」 

また、中国外文局アジア太平洋広報センターの于文副主任とエスペラント語専門家のラファエル氏、福原愛さんがそれぞれ中国語、英語、日本語で「中国海外青年の連携による文化交流と文明の相互参照のためのイニシアチブ」を読み上げた。三人の声の調和は、国境と文化的差異を超えた共通の声を伝えていた。それは、世界各国の文明が交流の中で参照し合い、参照し合う中で発展し、手を携えて人類運命共同体を構築し、異なる文明の光を相照らし輝かせ、人類の前途を共に照らすという提唱である。 

異国を五感で知る 

その後の日程で若者たちは温州市龍湾区の中国眼谷小鎮(中国アイバレー)で「7秒視力検査」を体験し、1ページに60万字が印刷できるレーザープリンター技術を見学し、温州大学日本語学部の学生たちと交流会を行った。金月綾さんと同じグループになった学生は校史博物館を案内し、慣れない日本語で懸命に翻訳した。 

「来年日本に留学に来たときは、私がガイドする」。二人が交わした約束は「友情」という小さな種となり、来年の春に芽を出すだろう。 

旅の終盤、一人の団員の誕生日と重なった。主催側はお別れのプレゼントとして特別に誕生日会を開いた。若者たちは一緒にバースデーケーキを食べながら、数日間の貴重な経験や別れを惜しむ気持ちを味わった。 

これまで何度も中国に来たことがある前川紗乎さんも、今回の旅で新たな発見があった。「実際に訪れて五感でその土地を知ることがとても重要なことだと感じましたし、これからもこの考えを大事にしていきたいと感じました」 

2022年「Panda杯」受賞者青年の訪中は新型コロナ感染症が原因で今年にまで延期された。あれから3年が経ち、かつての学生たちの大半は社会人になっている。映画監督になった葛里華さんは、今回の旅で創作意欲が何度も掻き立てられたという。「夢は中国で映画を撮影することです。この経験を映画に取り入れたいと思います」 

訪中前に東京で行われた壮行会で、日本財団の尾形武寿会長は若者たちに「知者は歴史から学ぶ」と戒めた。羽瀬彩乃さんは今回の旅でその言葉が何度も頭をよぎった。「私たちは歴史から多くのことを学ぶ必要があるとともに、これからの歴史を生み出す担い手でもあります。そのことを自覚し、今回の旅行から得た学びを心に刻んだ上で、『日中友好の懸け橋として、自分には何ができるか』というテーマに、今後も向き合い続けていきたいです」 

人民中国インターネット版

関連文章