唐亜明=文
絵本『北国の春』
寒い地方に住む人が春を待ち望む気持ちは人一倍に違いない。困難な状況に置かれた人が、希望を春になぞらえることも多い。
1977年に日本で発表された『北国の春』という歌は、アジアを{ふうび}風靡し、世界で10億人以上に歌われたという。本国の日本よりも中国ではやった期間が長く、いまも「日本の歌」といえば、『北国の春』が歌われる。ぼくがこの歌の作曲者の遠藤実さん、作詞者のいではくさんと知り合ったのは82年だった。当時ぼくは中国音楽家協会に勤め、日本の歌や日本音楽の文献の翻訳を担当していた。文化大革命で砂漠のようになってしまった音楽界に、春風のごとく日本の数々の歌が入ってきて、夢中に訳していた。『北国の春』は大先輩の呂遠さん(元中日友好協会理事)が訳されたものだが、ぼくも歌謡曲、演歌、唱歌の歌詞を翻訳し、中国の歌手に歌ってもらっていた。中国で初めて日本の歌謡曲をまとめたアルバムカセットテープ『日本の歌』(歌:李谷一、太平洋影音公司、1982年)もつくった。有名な歌手たちに会えるということで周囲にうらやましがられた。
1982年北京にて。左から遠藤実さん、筆者、成方圓さん(写真提供・筆者)
ある日、当時毎日新聞の北京支局長だった友人の故今田好彦さんから、『北国の春』の作者に会わないかという電話があった。すぐに歌手の成方圓さんを誘い、今田さんの家に飛んでいった。初めて中国を訪れた遠藤さんといでさんに、成さんが『北国の春』を二胡で演奏し、話し合ったり歌ったりして楽しい時間を過ごした。
それがご縁で、ぼくが日本に来てから、遠藤さんといでさんはさまざまな面でサポートしてくださった。2008年に遠藤さんはお亡くなりになったが、いでさんと遠藤さんのご遺族との友情は40年近く経ったいまも続いている。
1984年北京にて。左からいではくさん、筆者の父唐平鋳さん、筆者(写真提供・筆者)
ぼくは1983年、福音館書店に入社し、絵本の編集に携わってきた。いつか、『北国の春』を絵本にし、初版は中国で出したいという思いを、長い間心の中で温めてきた。文はいではくさんに、絵はイラストレーターをされているご令息の井出新二さんにお願いした。いでさんの故郷である信州へ取材にも行った。歌をそのまま絵本にするのではなく、その背景にある昔の田舎暮らし、子どもの遊び、人々の気持ちを季節ごとに描いて、素晴らしい文と絵ができあがった。そして、QRコードをスキャンして中国の二胡や揚琴などを使った音楽をスマートフォンで聞ける絵本をつくった。{うよ}紆余曲折もあったが、昨年に接力出版社より出版された。
いではくさん(左)と任正非さん(中央)と筆者(ファーウェイ本社で。写真提供・筆者)
昨年思いがけなく、華為(ファーウェイ)CEOの任正非さんから『北国の春』の作者に会いたいという連絡があり、いではくさんと新二さん、ぼくの3人は絵本を持参して、ファーウェイ本社のある{しんせん}深圳に向かった。アメリカからバッシングを受けている時期に、歌や絵本を論ずる余裕があるのかなと思いながら訪問すると、社内には『北国の春』のメロディーが流れていた。任さんが満面の笑みで迎えてくださった。この歌が大好きだという任さんは、「日本のがんばってきた心を代表する歌だ。自分の訪日エッセーを『北国の春』というタイトルで社内誌に発表したこともある」とおっしゃった。
絵本『北国の春』
そして、絵本『北国の春』をめくって、絵本の音楽を聞きながら、「いい曲ですね。この歌は千年後も歌われますよ」と任さんが誉めると、いでさんは「誰にも両親がいて、故郷があります。歌の根底にあるのは、故郷や肉親を思う心です」と、創作の原点を説明された。任さんはまた、「絵本を個人的にまとめて購入したい。農村の子どもたちに配ろうと思います」とおっしゃってくれた。会見が1時間近く続いたあと、ファーウェイ社内の「京都の小径」に案内され、食事までごちそうになった。
そのとき任さんは、「中国と日本は仲良くしていくべきです。私たちが互いに助け合えば、世界に貢献できます」と話された。またいでさんは絵本に、「厳寒の地に生まれ育った私にとって、春ほど待ち遠しいものはありません。春風は宝を運ぶ船です」と書いている。
いま、新型コロナウイルスによる肺炎と闘っている人々に、絵本『北国の春』と共に、上記のお二人の言葉を送りたいと思う。
春は必ずやってくる。それを固く信じてがんばっていきたい。
唐 亜明(タン ヤミン)
北京生まれ。新聞記者を経て中国音楽家協会に勤務、日本の歌の訳詞に従事。1983年来日、福音館書店入社、日本出版界の外国人正社員第一号となる。早稲田大学文学部卒業、東京大学大学院博士後期課程満期退学。編集者のかたわら、東洋大学、上智大学非常勤講師を務める。長年、NHK国際放送にも携わった。
主な著書に『ビートルズを知らなかった紅衛兵』『さくらの気持ち パンダの苦悩』(以上、岩波書店)、『翡翠露』(TBSブリタニカ、第8回開高健賞奨励賞)、絵本に『ナージャとりゅうおう』(講談社、第22回講談社出版文化賞絵本賞)、『西遊記』(講談社、第48回産経児童出版文化賞)など、翻訳書に上皇后美智子様著『橋をかける』(少年児童出版社)、佐野洋子著『100万回生きたねこ』(接力出版社)、姜戎著『神なるオオカミ』(講談社)など多数。現在、北京の児童書出版「小活字」編集長を務める。日本華人教授会理事、日本華僑華人文学芸術界連合会会長。
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