『習近平 国政運営を語る』を読み解く(下)

2020-03-26 16:46:24

現代における人類運命共同体の意義

木村知義=文

新型コロナウイルスとの闘い

 最終回のテーマは「人類運命共同体の構築」だ。第2巻最終章で展開される習近平国家主席の四つの論考を読み進める時、私たちは、今まさにこのテーマと深く関わる「学習」をしていることに気付く。新型コロナウイルスによる感染症問題である。この稿の筆を執っている段階では、依然、感染拡大に歯止めがかからず、中国で多くの人々が感染の恐怖と向き合いながら懸命に闘っている。

 「人類は次々に起きてくる試練に直面し、リスクが日増しに増加する時代にも生きている。世界経済の成長力は弱まり、金融危機の暗雲が立ち込め、発展のギャップは日に日に際立ち、武力衝突がしばしば発生し、冷戦思考と強権政治の亡霊がいつまでも付きまとい、テロリズム、難民危機、重大伝染性疾患、気候変動など昔はなかった新たな脅威が継続的に蔓延している」(第2巻597㌻)と習近平氏は語る。それゆえ協力・ウインウイン、開放と包容の世界を構築し、平和と発展の道を歩む人類運命共同体を目指そうと呼び掛ける。

 「重大伝染性疾患」という試練を、世界はどう連帯、協力して乗り越えるのか。未知の分野にわたる医学や疫学に始まる自然科学、国際協力と支援などに関わる社会的政策科学、さらに政治のガバナンスの在り方など広範囲に及ぶ課題について、われわれ全員が鋭く問われる事態に直面している。そこで最も根源的に問われているのは、人の命と向き合う人間観であり哲学である。そして、そうした哲学や人間観に基づく世界の在り方をどう描くのか、すなわち世界観が問われている。ここに今回のテーマである「人類運命共同体」と鋭く交わる「地平」が見えてくる。今まさにこのテーマと深く関わる「学習」をしていることに気付くと言うのは、そういう意味である。

 

「普遍的価値」という呪縛の先

 しかし一方で、今回の「新型肺炎」問題でわれわれが目にしているのは、いたたまれないほどの複雑な課題をはらんだ現実でもある。中国の人々の苦闘を思いやる気持ちが世界に広がる一方で、人の心に潜んでいた「ヘイト」と言わざるをえない中国および中国人への敵対と排斥意識が醸し出され、世界を暗鬱としたものにしていることも見逃せない。

 米国のロス商務長官は、中国における新型コロナウイルス感染症の拡大によって「米国に雇用が戻ってくる」こともありうると、あたかも中国の苦境が米国にとってのチャンスであるかのような発言に及んだ。中国外交部報道官は「思いやりのない発言」と批判したが、グローバル時代の世界にあって中国経済の困難が世界経済に及ぼす影響の深刻さを思えば、世界がどう立ち向かうべきかおのずと分かるというものである。米国の『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、「産業界に占める中国の重要性から判断して、世界の製造業者に前例のない苦境をもたらそうとしている」と世界のサプライチェーンへの影響に危機感を募らせた。まさに世界はゼロサムゲームを乗り越えるべき、「運命」を共にする時代にあるのだ。

 年初、華為(ファーウェイ)を取り上げたドキュメンタリーが放送された。

 「ファーウェイの5年を巡る攻防。そこから見えてきたのは、これまで民主主義という土台の上で発展してきた経済やテクノロジーが、それとは異なる価値観の下で広がっていこうという姿だった。私たちはそれにどう向き合えばいいのか……」。番組はこう結ばれた。

 欧米型の国民国家と民主主義こそが世界の普遍であり価値だという、抜きがたい欧米中心の歴史観や世界観に基づく思考を乗り越えられない「現在」をここでもまた知らされたのだった。「ダイバーシティ」(多様性)を語るメディアが、一方では中国を「異形の大国」と語る。己一人を「普遍」とするのではなく、世界に暮らすさまざまな民族と文明や宗教、思想の違いを認め合いながら相互尊重と理解、包容を土台とした世界に向けて力を合わせて進もう、それが「人類運命共同体」の呼び掛けだと言えるのではないか。そこに現代的意義が見えるのである。

 

同盟ではなく「伙伴関係」

 もう一つ、習氏の「呼び掛け」の重要性は、「パートナーシップを国家間の付き合いの指導原則」にするという思想にある。昨秋、中国国務院新聞弁公室によってまとめられた「新時代の中国と世界」では政治、安全保障、経済、文化、生態それぞれにわたって人類運命共同体の思想について整理していて、政治面では「断固として冷戦思考と強権政治を捨て、対立せず対話を行い、パートナーとはなるが同盟を結ばないという国と国の付き合いの新しい道を歩む」としている。これを中国が言う「伙伴関係(パートナーシップ)」で読み解けば、よりくっきりと目指す世界が見えてくる。本誌連載の筆を執っていらっしゃる江原規由氏のご教示で「伙伴関係」への理解を深める機会を得たのだが、「伙伴関係」は条約や協定によって縛るものではなく、「首脳の信頼関係に基づく共同声明をもって構築される」ものだという。

 中国が、地球を網の目のように覆うように、180を超える国々と多様な「伙伴関係」を築いて歩みを進めている時、「同盟ではなく伙伴関係を」という習氏の提起は、これからの世界を構想する時、極めて重要な意義を持つ予感を抱く。とりわけ米国の単独覇権が根底から揺らぎ、世界が大きな転換期にあることを実感する今、世界とアジアの在り方を、そして、そこでの日本の生きる道を模索、構想する際、「人類運命共同体」に込められたこの思想を深めることは重要な営みになると思うのである。

 

2018323日(現地時間)、スイスのジュネーブで開催された第37回国連人権理事会の決議は、各国が共に努力し、互いに尊重し合い、公平・正義、協力・ウィンウィンの新型国際関係を築き、人類運命共同体を構築するよう呼び掛けた(新華社)

 

「美しい物語」をどう信じる

 さて、しかしこの「人類運命共同体を共に構築しよう」という習氏の「呼び掛け」はとても手ごわい「難題」を残していることを最後に語らなければならない。

 「美しい物語」は美しいがゆえに、にわかに信じることができない。そんな不幸が支配する現在に、どう立ち向かうのかという「難題」である。

 習氏自身、今年の新年のあいさつで、「われわれは世界各国人民と手を取り合い、『一帯一路』を積極的に共同して打ち立て、人類運命共同体の構築を推進し、人類の美しい将来を創造するために、たゆみない努力をしよう」と、「美しい」という言葉を用いて語っている。

 「人類運命共同体」を巡って何人かの人々と意見を交わしてみた。反応のほとんどは「実現できればいいかもしれないが、世の中そんなきれいごとではいかないでしょう……」というものだった。「美しい物語」は「美しい」ことによって信じることができない、という残念な時代だということを思い知らされたのだった。

 「人類運命共同体」への提起で習氏は、「中国の夢」から「世界の夢」へと発展させることを呼び掛けていると読み取れる。「美しい物語」は「夢」かもしれない。しかし、いまこそ「夢」を追い求めてみるべき時ではないのか。『国政運営を語る』最終章に至って、「空想から科学へ」という言葉を思い起こした。対立と分断、抗争と抑圧の絶えない現代世界だからこそ「美しい物語」が必要なのだと、その大切さを胸に刻んで前に進みたいという想いを呼び起こさせる習氏からの「語り掛け」ではないだろうか。そんな思いを強くしながら、そして、新型肺炎禍が一日も早く終息することを深く念じながら、この稿を閉じることにする。間違いなく、世界は変わる、未来は変えられる、という思いを込めて。

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