「東アジア防疫共同体」の構築を——元内閣総理大臣 鳩山由紀夫 氏
于文=聞き手
新型コロナウイルス感染症のまん延から数カ月が過ぎ、人類の公衆衛生と安全に関わるウイルスからの挑戦状は、世界に深刻な「変化の局面」をもたらした。隣国同士の助け合いや見守り合いが見られる一方で、ますます激化する紛争や対立が発生している。
ウイルスは国を選ばず、また消失することもない。人類が共存の道を選ぶのなら、われわれはどこへ向かえばいいのだろうか。新型コロナウイルス感染防止策として、今回はこのコラム初のリモート取材を敢行。鳩山由紀夫元首相に知見を聞いた。
――新型コロナウイルス感染症の流行は仕事や生活にも影響しましたか。
鳩山由紀夫 大変大きな影響がありました。昨年は二十数回の中国への訪問をはじめ、国外には合計33回出張しましたが、今年3月上旬以降は一切海外に行けなくなりました。特に中国の方々とお会いし、交流する機会が激減したことを大変残念に思っています。日中間の交流が一日も早く復活し、来日する方々との交流が再開することを願っています。
私自身もリモート会議が増えてきています。事務所を休むことはありませんが、職員は時差出勤をしてできるだけ満員電車に乗らないよう配慮しています。
――コロナ下での中日間の協力をどのように評価しますか。
鳩山 新型コロナウイルスが感染拡大した当初、私どもも少しでも中国の皆さんの助けになればとマスクを送らせていただきました。その後日本で感染が拡大した時には中国では相当収まっていたため、中国の多くの方々からマスクや防護服など、多くのありがたいものを送っていただきました。
私は「雨天の友」という言葉が好きです。これは「晴れた時よりもむしろ雨が降っている時にこそ、真の友情が感じられるものだ」という意味です。「雨天の友」である中国の皆さんに感謝を申し上げます。
しかし米国やブラジルを中心に、世界では依然パンデミックが続いています。中国と米国は世界経済の二大エンジンです。この2国が経済的な立ち直りを見せることが、非常に大事なことだと思います。ですから米国のトランプ大統領が当初新型コロナウイルス感染症の流行を重視せず、流行を広げてしまったのは残念なことでした。今後は科学的な知見を生かし、早急にワクチンが開発され、世界がコロナウイルスの封じ込めに成功することを願っています。
――東アジアで新型コロナウイルスの早期抑え込みに成功した要因は何だと思われますか。
鳩山 欧米と日本や中国、アジアの国々の哲学の違いだと思います。欧米はプラスかマイナスか、ゼロか1か、正か悪かといった世界観で、共に戦い悪を殺さねばという文化だと思います。しかしアジアはみんなで協力し、お互いに助け合って生きていこうという「共生の文化」です。
私はウイルス対策においても「共生の文化」が必要だと思っています。ウイルスを殺してしまおう、早く退治しようではなく、人類より早く存在したウイルスといかに共生する時代をつくるかが、大事ではないかと思っています。そうした共生の文化が、日本と中国、韓国の間の協力関係を強め、感染拡大を防ぐことができたのではないかと思います。
中国や韓国ではSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の経験が生きていて、検査の大切さや交通の遮断、トラッキングなどがいかに大事かよく分かっておられると思います。従って中国や韓国の方が日本よりも早く、かつ上手にウイルスのパンデミックを阻止することができました。日本は残念ながらその点が必ずしも十分ではありませんでしたが、欧米諸国と比べれば、おかげさまで今のところ大きな被害をもたらすところまではいっておりません。アジア諸国ではマスク着用への抵抗がなかったり、生活習慣が比較的清潔だったりといった文化の違いが、パンデミックを未然に抑えることができた原因でしょう。
――「『一帯一路』がウイルスまん延を助長した」との言説がありますが、これについてはどう思いますか。ポスト・コロナの時代において、「一帯一路」は果たしてどのような役割を担うべきでしょうか。
鳩山 確かに、新型コロナウイルスの感染拡大における理由の一つにグローバリゼーションが挙げられていますが、これは時代の流れです。「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」が世界中を飛び回るような世の中になれば、ウイルスも同じように飛び回って感染が広がるでしょう。よってウイルス拡散は「一帯一路」が原因というわけではなく、グローバリゼーションとセットになっているものだと私は解釈しています。
ポスト・コロナにかかわらず、これからの時代には「一帯一路」への協力が非常に重要だと思っています。コロナが要因で経済が内向きになってしまうと、世界経済も縮小します。そうならないためにも、周辺諸国との経済交流や協力を高めていくことが必須です。ポスト・コロナの時代において、経済が中国と欧州を結んで広がることは、大変重要だと思います。
コロナウイルスの誕生と拡散の一因は環境問題であり、地球環境が人間のエゴで劣悪になってしまったことも関係するのではないでしょうか。従って今後の「一帯一路」は、経済だけでなく環境対策の協力を一つの大きなテーマとして扱っていただくと、意義がより増すのではないかと期待しています。
――「共同体」の理念は世界にどのような啓示をもたらすでしょうか。また、各国はどのような道を選択すべきでしょうか。
鳩山 習近平国家主席の「人類衛生健康共同体」という提案は大変素晴らしいと思います。米国は「ウイルスは中国から来た」などと言い、中国との壁を厚くしようとしていますが、新型コロナウイルスとの闘いには人類が一つになり、協力することが必須だと私は思っています。よって習主席が「人類衛生健康共同体」と言われていることには心から賛成したいと思います。
私は東アジアをより安定させるための共同体をつくるべきという思いから、「東アジア共同体」を提唱してきました。近年、世界はグローバリゼーションの流れで動いてきましたが、それが結局何をもたらしたかというと、大きなグローバル企業がもうかっただけで、そうでない多くの人々は逆に貧困にさいなまれることになりました。コロナウイルスはそんな状況下で発生し、貧富の格差の広がる地球の中でも、特に貧しい人たちを直撃するような事態になっています。
これを受け、グローバリゼーションにも何らかの修正が必要ではないかという議論が起こる中、トランプ大統領は「これからはナショナリズム」「米国さえ良ければいい」という発想になっています。これでは国家の壁を厚くすることになってしまいます。国内のみの循環では経済は好転しませんし、外国との関係もうまく機能しなくなります。そこで私は周辺諸国同士が仲良くすべきではないかと考え、グローバリズムとナショナリズムの二つの弊害を取り除くための「東アジア共同体」を提唱してまいりました。
私は東アジア共同体の中に「経済共同体」「環境共同体」「安全保障共同体」「文化共同体」などさまざまな構想を盛り込むべきだと思っていましたが、新型コロナウイルス感染症の流行が起き、公衆衛生の問題が強く浮かび上がってきた今、私は「東アジア防疫共同体」を新たに提唱しています。この考えはおそらく習主席が言う「人類衛生健康共同体」の一部のようなものでしょう。まずはここからスタートすることで、日本は特に中国や韓国の人々とより協力的になれるのではないかと思っています。
*写真は2019年4月の取材時に撮影したものです