「トランプ2・0」で揺れる世界経済 中国の安定成長が鍵に
中央大学名誉教授、元総長・学長 酒井正三郎(談)
今年の政府活動報告では、中国の2025年の国内総生産(GDP)成長率の目標が5%前後に設定されました。昨年を振り返れば、中国のGDP成長率は5%を記録し、依然として高い水準を維持しており、まずは非常に良好な結果だと評価しています。四半期別に見ると、第1四半期から第3四半期はそれぞれ5・3%、4・7%、4・6%と漸減傾向にありましたが、第4四半期には5・4%に跳ね上がりました。この回復には、政策的な要因が大きく寄与したと考えられます。
まず、消費財買い替えに対する補助金支給が挙げられます。昨年秋から実施されたこの政策は、冷蔵庫や洗濯機、エアコン、テレビなどの家電製品に対し、売価の15%から20%(上限2000元)の補助を行い、2400億元相当の売上増加につながりました。また、新エネルギー車には2万元、2リッター以下のエンジン車には1・5万元の補助が実施され、自動車市場にも好影響を与えました。
もう一つの要因は輸出の急増です。米国のトランプ政権による高関税政策を回避するため、駆け込み輸出が行われた結果と考えられます。中国税関総署の発表によれば、昨年の輸出総額は過去最高の3兆5772億ドルを記録し、9921億ドルの黒字となりました。特に対米輸出の対前年同期比増加率は、昨年5月から11月までは2・8%から8・1%の間で推移していたものが、トランプ氏当選後の12月には15.6%にまで上昇しました。
これらの施策により、5・4%という成長率が実現しました。ただ、数値を人為的に伸ばす効果には反動が生じる可能性があるため、それをどのように回避していくかが今後の課題と考えられます。
消費需要拡大の施策を
今年の政府活動報告と昨年末の中央経済活動会議では、より積極的な財政政策と適度な金融緩和政策が打ち出されました。財政と金融はマクロコントロールのための2大ツールであり、その方向性は適切であると言えます。
財政政策に関しては、GDPに対する赤字比率を適宜引き上げ、景気刺激のために一定の財政赤字を認める方針が示されています。現在の中国政府の債務残高はGDPの約70%前後とされ、いわゆる「隠れ債務」を含めたとしても、G7平均の123%と比較すると健全な水準にあると判断されます。このため、中国の場合、財政赤字を一定程度許容しながら景気刺激策を推進する余地は十分にあると言えます。
一方、金融政策では、預金準備率の引き下げや利下げを通じ、内需、特に個人消費の拡大が期待されています。中国のGDP構成を需要サイドから見ると、個人消費、投資、輸出の3項目で構成され、個人消費は約37%を占めています。個人消費を刺激することは、景気全体を上向きに持っていくための必須の条件です。
今の中国にとっては供給サイドの改革だけではなく、需要の底上げがやはり不可欠です。具体的な対策として、シルバー経済や氷雪経済といった高齢者対策や若年層向けの新たな振興策が提起されています。氷雪経済は、今後消費の中心となるZ世代を意識した施策であり、シルバー経済は、全人口の2割以上にあたる約3億人近い60歳以上の高齢者の生活保障や年金拡充に重点を置いたものです。
世界を困らせる「トランプ2・0」
トランプ氏の関税政策の影響は、国によって異なるものの、「トランプ2・0」の発足には全世界が困惑しています。米国は全輸入品に一律10%の関税を課すとともに、特に中国製品に対して将来的に最大60%の関税導入を示唆していますが、実際にそのような措置が実施されるかどうかは不明です。しかし、トランプ氏が世界保健機構(WHO)脱退やパリ協定離脱を実行に移していることからして、もしかしたら行われるかもしれないという考えを前提に、世界経済や米国経済、中国経済への影響を考慮した様々な試算が行われています(『読売新聞』2024年11月25日付他参照)。
国際通貨基金(IMF)の試算によれば、2026年までに世界の貿易量が約4%減少するとの予測であり、また、米国のイエール大学の試算では消費者物価指数が1・4%から5・1%に上昇する可能性が示されています。さらに、全米小売協会の調査では、米国の消費者購買力が460億から780億ドル失われるとの見方もあり、日本のアジア経済研究所の試算では、全世界のGDPが0・8%減少し、米国が2・7%、中国が0・9%減少するとの結果が出されています。
トランプ氏の狙いは、米国製品の競争力回復を目指し、輸入代替を促進することで貿易赤字の削減を図ることにあります。しかし、「トランプ1.0」の2017年以降24年までで見ると、輸入は増加しつづけており、結果として貿易赤字がさらに拡大する傾向が見受けられます。つまり、問題の本質は関税そのものにあるというよりも、米国製造業の競争力の弱さにあると考えられます。そもそも関税を誰が払うかというと輸入業者で、最終的にそのツケを負わされるのは米国の消費者であり、物価上昇で自国民を苦しめることになります。
米国は通商法第301条や232条といった国内法に基づいてこれらの措置を講じていますが、世界貿易機関(WTO)が掲げる貿易や関税の最恵国待遇の考え方が、ここでは全く無視されています。WHOやパリ協定からの離脱に続き、米国はWTOからも脱退する可能性があると言われていますが、確かに自国中心の傍若無人な振舞いは、過去のブロック経済化の反省から生まれたGATT(関税及び貿易に関する一般協定、WTOの前身)の精神や理念とは相容れません。このようなことから、トランプ政権には世界の多くの国が非常に困惑しているというのが実態です。
5%成長実現に向けた課題
米国に期待できなくなった今、世界経済の牽引役として中国の役割はますます重要になっています。トランプ政権による貿易摩擦の激化からくる世界経済のマイナス要因を埋め合わせるような役割への期待ということです。その意味で今年の5%の成長率目標とその政策的担保に世界の注目が集まっています。
ただし、5%成長を実現するためには、いくつかの課題を乗り越える必要があります。まず、トランプ氏による追加関税の影響を正確に把握する必要があります。
次に、「未富先老」、つまり豊かになる前に高齢化が進む問題について、早期の対策が求められます。中国も人口減少と少子高齢化が急速に進行しており、日本の経験を参考にしながら、日中間で共同研究をおこなうなど協力体制を構築することが望ましいと考えられます。
さらに、基礎年金や医療への財政補助の充実、不安定な雇用環境にある労働者やギグワーカーへの支援策の整備も必要です。相対的に言えば、日本では、社会保障制度の充実により、経済面での課題があっても国民の生活が比較的安定しており、年を取っても最低限の生活が保証されている点で評価されています。中国においても、財政の余力を活かし、国民生活の安定を図るためのシステム整備が求められます。
また、内需の刺激策をいかに継続していくかです。内需刺激策を継続して推進し、消費マインドを活性化していくためには、需要不足の主要な要因である不動産市場の低迷に真正面から向き合い、真摯に対応する必要があります。
世界は、トランプ政権による「アメリカ第1主義」の政策が少なくともこれから4年間はつづくことを覚悟しなければなりません。そうした中で、世界経済の最大の牽引役として中国への期待感はますます高まりつつあるように感じます。中国の財政と経済力には余力がまだあるので、手を打って人々の支持を取り付け、自国の課題に取り組むことが求められます。これらの取り組みを含めた施策の実行によって、国内外からの信頼を獲得し、中国が世界の持続的な経済成長の実現に寄与されていくことを期待しています。 (李一凡=聞き手・構成)