中国の「過剰生産」バッシングは21世紀の黄禍論

2025-08-18 16:35:00

Terra Nexus 最高経営責任者(CEO) 田代秀敏 

中国の貿易黒字の背後で潤う日米企業 

2期トランプ政権は、発足後に「米国の貿易赤字削減」「製造業の回帰」「貿易不均衡是正」を旗印に各国や地域に対して一連の関税引き上げ措置を実施しました。米国内には中国の貿易黒字、特に対米黒字が世界や米国の貿易不均衡の主な原因であるという見方もあります。 

しかし中国の対米貿易収支黒字は中国と米国との合作であり、米国企業に巨大な利益をもたらしています。それを象徴するのはアップルの主力商品であるiPhoneです。iPhoneは米国で設計されますが、製造拠点は主に中国です。これは米国は生産効率が低いのに賃金が高いからで、国内に工場を持たないファブレス企業であることでアップルは巨大な利益を得ています。中国で製造されたiPhoneが米国に輸出されると、中国の対米貿易収支黒字の一部となり、その黒字は国際収支統計に計上されます。しかし米国企業であるアップルが得た巨額の利益は、国際収支統計のどこにも計上されません。中国の対米貿易収支が黒字になることで、米国のファブレス企業は大きな利益を得ているのです。 

ユニクロの事業を展開する日本のファーストリテイリングも同じです。ファーストリテイリングは日本国内で衣料品を製造せず、主に中国などで製造することで巨大な利益を得ています。中国で製造されたユニクロ製品が日本に輸出されると、中国の日本に対する貿易収支黒字の一部となり、国際収支統計に計上されます。しかし、ファーストリテイリングが得ている巨大な利益は国際収支統計に計上されません。中国の対日貿易収支が黒字になることで、日本のファブレス企業は大きな利益を得ているのです。 

つまり中国の貿易収支黒字は、世界や米国が経済的に繁栄するための重要な柱なのです。比較優位に基づいて国際分業が行われ、バリューチェーンが地球を覆い尽くしている今日の世界経済において、中国の貿易収支黒字だけを取り上げて問題とするのは、経済学的には全く間違っています。 

関税は米国を救わない 

ファブレス企業が無かった時代に作られた国際収支統計における貿易収支の黒字や赤字だけを理由にして恣意的に国・地域別の高関税を課すことは、アップルなどのファブレス企業の巨大な成功が支えている米国の現在の繁栄を根底から破壊します。 

歴史を振り返れば、1930年に米国はスムート・ホーリー法を制定して関税率を大幅に引き上げた結果、前年に起きた株価暴落による景気後退を劇的に悪化させ、世界経済を恐慌に導いてしまいました。それから95年後の現在、米国は歴史を繰り返そうとしています。 

グローバルな自由貿易秩序と多国間貿易システムとは、最恵国待遇と内国民待遇との二つの原則に基づいています。国・地域別に異なる関税率を設けることは、最恵国待遇の原則に違反します。特定の国・地域の企業に対して、自国内での活動を制限・制約することも、内国民待遇の原則に違反します。 

1期トランプ政権時、アップルはMacBookの最上級機の生産を中国から米国に回帰しようとしました。しかし米国ではネジの調達すら難しく、信頼が置ける労働者を充分に確保することも困難で、結局のところ米国回帰を断念しました。 

現在の米国は製造業が衰退しつくし、金型工がほとんどいなくなっています。日本製鉄が買収したUSスチーの工場では、19世紀に設置された設備が現在でも用いられています。熟練した技術者も労働者も枯渇し、生産設備が著しく老朽化してしまった米国で製造業を復活させようとするのは、枯れ木に水を注ぐような虚しい行為です。 

「過剰生産」論は経済学にない虚構概念 

米国の一部では「中国製品は補助金頼みだ」「生産能力が過剰だ」との論調があります。しかし経済学に「過剰生産能力」という概念は存在しません。これはプロパガンダのための造語です。 

米国のボーイング社が生産する航空機は、中国を含む世界各国の航空会社が用いています。つまりボーイング社の航空機の生産台数は、米国内の需要量を超えています。米国のマイクロソフト社が生産するワードやエクセル等のソフトウエアは、中国を含む世界各国で利用されています。つまりマイクロソフト社のソフトウエアの生産個数は、米国内の需要量を超えています。しかし、ボーイングやマイクロソフトが過剰生産能力を持っているなどとは誰も言いません。 

日本の企業や個人が海外のクラウドサービス、ソフトウェア、映像配信などのデジタル・サービスを利用することで、海外への支払いが国内のデジタル関連収入を上回り、収支が赤字になる金額は2024年には6兆6000億円に達しています。その赤字の大部分は米国に対するものです。しかし、アマゾンやネットフリックスなどが過剰生産能力を持っているなどとは誰も言いません。 

ある国の生産物が比較優位の対象である国へ輸出されることは、地球規模で見た市場メカニズムの帰結です。そうして国際貿易が行われることで、フランスのワインやイタリアの高級スポーツカーは自国内での需要量を遥かに超えて生産され世界中に輸出されています。 

中国で生産される商品が米国を含む世界各地に輸出されるのも、比較優位に基づく地球規模での市場メカニズムの帰結です。それにも関わらず、「中国は過剰生産能力を持っている」と非難するのは、黄禍論の21世紀版でしかありません。 

人民中国インターネット版

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