高市首相の台湾有事発言問題に対する論考

2025-11-18 16:10:00

川村範行・名古屋外国語大学名誉教授 

                    日中関係学会副会長兼東海日中関係学会会長 

  

“台湾有事”に関し日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」に当たると言及した高市早苗首相の国会発言問題が、日中関係に深刻な影響を及ぼしている。中国政府は「核心中の核心」である台湾問題への重大な内政干渉として発言撤回を要求し、国民に日本への渡航自粛を呼び掛けた。一方、日本政府は高市発言に対する中国駐大阪総領事の投稿文言を問題視し、厳正な対応を要求した。2012年の領土問題で日中両国が全面対立に陥って以来の関係悪化が懸念される。早期に沈静化を図ることが日中外交上の喫緊の課題である。 

一、高市発言の背景と問題点  

高市首相が “台湾有事”は「存立危機事態」になり得ると認定したのは、中国に戦争を“予告”するのに等しい重大問題である。「存立危機事態」とは、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と規定している。わが国と密接な関係にある国とは同盟国の米国等を想定している。高市首相は11月7日の国会答弁で「中国による海上封鎖で戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、これに米軍が対抗すれば、どう考えても日本に取り存立危機事態になり得る」と、明言した。 

歴代内閣は、平和憲法に基づく「専守防衛」の原則により、日本が他国により直接攻撃を受けたときに反撃できる個別的自衛権を認めていたが、日本への直接攻撃以外で他国とともに武力行使が可能な集団的自衛権の行使を認めなかった。2015年に安倍晋三内閣が国会を通さず閣議決定で集団的自衛権の行使を容認し、それを盛り込んだ安保法制を国会で強行採決したが、安保法制は野党や大多数の憲法学者から憲法違反であると指摘された。その後、安倍、菅、岸田、石破の各首相は「何が存立危機事態に当たるか」を曖昧にしてきた。高市首相は歴代内閣の見解を軽率にも踏み越えてしまい、これは中国の内政である台湾問題に干渉し、「一つの中国」の原則から外れる、国家指導者にあるまじき重大発言である。 

高市首相は11月10日の国会答弁で野党から発言の撤回・取消を追及されたが、「従来の政府見解に沿ったものだ」と主張して発言を撤回せず、「反省として、今後は(存立危機事態に関する)具体的な発言は慎む」と弁明した。 

中国外交部の孫衛東副部長(外務次官)が11月13日深夜に金杉憲治大使を呼び出し、「台湾問題は触れてはならないレッドラインである」として、首相発言の撤回を迫ったことは、尋常ではないと判断すべきだ。既に中国国内のネットでは高市発言が批判の海に曝されている。中国ではネットの声(世論)も無視できない。 

更に11月14日に中国外務省が日本国内の治安と高市発言の問題を理由に国民に日本への渡航自粛を呼び掛けたが、2024年には750万人近くの中国人観光客で1兆円余り潤っていた日本経済は打撃を受けるのは必至だ。影響は民間交流にまで広がった。中国が台湾問題に関して譲ることが出来ない段階に達している事を、高市内閣は肝に銘じ、冷静に事態の対応に当たるべきだ。 

二、日中首脳会談直後の二重失策  

韓国慶州で開催されたAPEC(アジア太平洋閣僚会議)で10月31日、高市早苗首相と習近平国家主席との初の日中首脳会談が実現し、戦略的互恵関係の推進、安定的且つ建設的な日中関係の構築で合意した。そのことは両国内で評価された。その翌日、高市首相は台湾の前行政院副院長と対談し、自分のXに「台湾総統府資政(顧問)」と握手した写真を投稿した。これは「一つの中国」の原則を踏み外しかねず、中国指導者に後ろ足で砂を掛け、首脳会談の成果を台無しにする行為だった。高市首相は帰国直後の国会で日中関係を揺るがしかねない重大発言を引き起こし、台湾問題で“ダブル失策”を犯した。 

私は結成21年目のジャーナリスト訪中団を引率して11月4日に北京で外交部アジア局高官と会食懇談し、また、中国最大のシンクタンク社会科学院日本研究所の所長以下専門研究員7名とも座談交流し、深い意見交換を実現した。日中、米中両首脳会談直後の初の訪中団とあって、中国側は極めて熱心な対応であった。アジア局、日本所とも台湾派の高市新首相を警戒しつつ、安倍後継者として安倍氏と同様に現実主義者に“君子豹変”する事に一縷の望みを託していた。高市首相がAPEC台湾代表との対談をXに投稿した事はかろうじて黙認しても、国会での台湾有事に関する重大発言により、中国側の一縷の望みは踏みにじられたと想像する。 

三、派生した問題が浮上 

問題を複雑化したのが、中国外交官が高市発言に対し反駁する言葉をネット(X)に投稿した事である。自民党台湾派に付け入る口実を与えてしまい、自民党と維新の与党両党は、直ちにこのネット文言を問題視し、当該外交官の国外退去も含む強硬な申し入れを11日、12日に相次ぎ首相宛に提出した。首相発言の本質的な問題を棚上げし、論点をすり替えるに等しい。仮に国外退去を通告したら、中国も報復措置に出ることは必至で、泥仕合となる。日中関係はこじれて悪化する一方であり、国外退去の措置は控えるべきである。 

高市内閣発足当初から、私は歴史認識(侵略戦争否定、靖国参拝主張)、台湾問題(親台湾派)が高市内閣のアキレス腱であると警告してきた。閣僚、党幹部とも台湾との交流を進める〈日華議員懇談会〉の中心メンバーが多く、中国・日中関係についての理解が不十分で、中国との人的パイプも乏しいことを懸念する。周囲に然るべき補佐役がいれば、日中関係についてわきまえるべき言動や台湾への取るべき距離感について助言する筈だが、周囲にはそのような人が居ない。

四、問題の克服は可能か 

日中関係は米中関係に左右される。韓国での米中首脳会談を終えたトランプ大統領は「10点中12点の出来だ」と上機嫌で帰国した直後に、中国指導者と意思疎通を保っているから台湾問題は心配しないと明かした。つまり、現下の米中関係に照らせば、高市内閣は“台湾有事”を過大視せず、冷静に米中関係の推移を見守る必要がある。 

日本に取り中国は最大の貿易相手国であり、日中両国ともトランプ2.0の高関税戦略に対応するため、RCEPを含めて連携協力すればウインウインになる。アジアの平和と安定に取り、日中関係の改善は不可欠である。 

初訪中から40年来、ジャーナリスト、及び学者として日中関係をライフワークに取り組んできた者として、今回の高市首相発言に関する問題が、国交正常化以来、島の国有化問題に並ぶか或いはそれ以上に日中関係に深刻な影響を及ぼすことを深刻に懸念し、早期の関係修復を念じて論考を寄稿する。 

 

 人民中国インターネット版 

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