東京裁判80年 揺らぐ平和国家と戦後責任の「いま」
山口大学名誉教授、明治大学客員研究員 纐纈厚(談)
東京裁判から学ぶべきもの
今年は東京裁判開廷80周年です。第一次世界大戦をはるかに上回る甚大な人的・物的被害をもたらした戦争責任を、「平和に対する罪」「人道に対する罪」という新しい法規範に基づき、世界の未来のために戦争犯罪を裁くという、画期的な裁判でした。
この裁判は、戦後日本が平和国家として出発するための起点でもありました。戦後、日本人が平和を回復し、国際社会から信頼を得るためには、平和と人道を希求すべき目標として掲げる必要がありました。ですから東京裁判の歴史的意義は非常に大きく、日本人はそこから学び続けなければならないのです。
残念ながら、今の多くの日本人や日本のメディアには、東京裁判から改めて教訓を引き出そうとする姿勢が極めて弱いと私は見ています。日本のいわゆる右翼や保守的な政治家たちは、「東京裁判史観」という言葉を持ち出し、「東京裁判は勝者による誤った裁判であり、公正さが担保されていなかった」と批判し続けています。これは歴史修正主義、あるいは歴史否定主義にほかなりません。こうした動きは、東京裁判を否定し、歪曲し、修正することを通じて、その意義を弱めることに、ある意味成功してきました。
歴史修正主義・歴史否定主義が今後さらに日本政治や世論を主導するようになれば、日本は戦前と同様に、侵略国家日本、帝国日本へと回帰しかねません。日本の保守政治家やそれを支持する人たちは、日米同盟をも利用しながら軍拡にまい進し、中国など他国への敵対意識を国民や世論に植え付けることで、自らの権力の安定と拡大を志向しています。先の戦争を侵略戦争と位置づけることは、「日本が二度と加害者になってはならず、被害者になってもいけない」という誓いでもあります。今こそ東京裁判から学びきることを通じて、日本を平和国家としての本来の姿に戻していく必要があります。
「米国に敗れた日本」という刷り込み
おそらく多くの日本人は、日本は原爆投下によって敗北したと考えています。昭和天皇が発した「終戦の詔書」にも新型爆弾が投下されたことが敗北の理由として挙げられており、そこから、米国との戦争に敗北したという戦争総括が定着していきました。
しかし私はこの認識は正確ではないと一貫して主張してきました。「九一八事変」(満州事変)以降、日本は15年にわたって中国侵略の戦争を続け、その過程で国力も戦力も大きく消耗し、著しく疲弊しました。その疲弊の上に、最後のとどめのように2発の原爆投下が起きたのです。したがって、終戦の直接的な原因は米国による原爆投下であったとしても、日本を敗北へと追い込んだ大きな原因は、長期にわたる中国侵略の戦争による疲弊と消耗であったと総括しなければなりません。
ところが戦後の占領期間中、米国はそれまで日本政府が使っていた「大東亜戦争」という呼称を捨てさせ、「太平洋戦争」という戦争名を使用するよう日本政府と日本国民に強要しました。これは、先の戦争は米国との戦争であったと記憶させ、中国侵略の戦争によって日本が消耗し、それが敗北の原因であったという事実を、記憶の後方に追いやるものでした。
さらに、戦後日本を米国が事実上支配していくためには、「日本は米国に敗戦した」とする歴史認識が必要で、米国に従順な日本国民を作っていく必要がありました。私はこれを「日米歴史認識同盟」という言葉で説明しています。日米安保条約によって日本は軍事的、政治的に米国に従属していますが、それと同時に、日本人の歴史認識、精神や思想も、場合によっては米国に隷属していると言っても過言ではありません。米国に敗北したという認識、そして二度と米国に敗北しないためには、米国と軍事同盟を締結することが日本の安全には不可欠だとする認識は、非常に誤った歴史認識であり、政治判断であったと思います。
このような認識のずれは、日本が中国やアジア近隣諸国に対する戦争責任と向き合うことを妨げてきたとも言えます。日本は中国に敗北したのだという認識をしっかり持たない限り、中国に対する見方が極めていびつなものにならざるを得ません。
最大の安全保障は日中関係の安定
歴史は現在と未来を映し出す鏡です。その鏡を曇らせては、あるべき未来を展望することはできません。東京裁判の開廷から80年を迎える今、日本はもう一度戦後80年の歩みを回顧し、得たものと失ったものに真摯に向き合うべきです。
戦後日本は、かつての侵略国家としての汚名を一定程度そそぐことには成功したかもしれません。しかし、本当に戦争国家から平和国家に転換したのかといえば、極めて疑わしいと総括せざるを得ません。どこか米国の指示に従って生きる「自走不能国家」として見られているようにも思います。
日本にとって最大の安全保障は、中国との関係を安定させ、お互いに安心を供与し合うことです。武器や軍艦、ミサイルを大量に持つことが安全保障ではありません。日本がかつて侵略した中国やアジア諸国民に対してどのような姿勢を示すのかによって、日本の平和国家としての実態が浮き彫りになります。
ところが現在、日本は最大の侵略相手国であった中国に対してミサイルを向け、高市首相のような発言を繰り返し、自衛官が中国大使館に刃物を持って押し入るような事態まで起きています。これは、多くの日本人が目指してきたものとは全く逆の行為であり、侵略戦争を真摯に反省していないことを示すものだと言わざるを得ません。
日本は戦後80年を経ても、なお学び切れていないものが多くあります。独立国家としての矜持を持つこと、本当に「平和国家」というならば事実をもって国際社会に発信すること、日米同盟を段階的に解消し、いかなる国家とも平等で普遍的な関係を構築すること、そして反中国・嫌中国の世論や感情を一掃する努力を惜しまないことです。
特に重要なのは、日中共同声明をはじめとする四つの政治文書の中身をいま一度しっかりと読み解き、学び、その文書を生かして中国との関係を作り上げていくことです。あれだけ素晴らしい文書をお互いに持ち合っているわけですから、回帰しない理由はありません。(李一凡=聞き手)
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