李白が見つめた静かな山 詩の伝統を支える紙と墨

2026-05-27 13:57:00

製紙と製墨の中心地 

輝かしい詩文の数々が長い時を超えて今日まで伝わっているのは、二つの文房の至宝――紙と墨の存在によるところが大きい。宣城は昔から製紙と製墨の中心地であり、ここで生まれる「宣紙」は「長い寿命を持つ紙」と称され、墨のにじみ具合に優れる。また「徽墨」は「一点は漆のごとく、万年にわたり墨跡を保つ」と評され、中国の書画芸術に欠かせない媒体となっている。 

「紙寿千年」の奥義 

早朝、山あいにはまだ薄い霧がかかっている。涇県榔橋鎮の紙すき工房では、すでに竹簾が水面を切る「ざあっ」という音が響き始めている。落ち着きと規則性を帯びた音だ。 

この音を、周東紅さんは40年近く聞き続けてきた。 

「大国工匠」の称号を授けられたこの紙すき職人は、腰の高さほどの紙槽かみぶねのそばに立ち、両手で大きな簀桁すげたをしっかりと握り、向かいの相棒と目を合わせながら、同時にそれを乳白色の紙料の中へ沈める。一度沈めては引き上げ、再び沈めては引き上げる。わずか20秒ほどで、薄く蝉の羽のような湿った宣紙の原形が簾の上に現れる。 

槽の水は冷たく、真夏であっても長く浸していれば指の関節がこわばる。しかし周さんは、この両手こそが自らの「はかり」だと言う。彼がすき上げる一刀(100枚)の宣紙は、重量の誤差が一両(50)にも満たない。 

この「はかり」のような手が守っているのは、1500年にわたり受け継がれてきた技である。宣紙という「長い寿命を持つ」宝は、その誕生に想像以上の時間と工程を要する。涇県特有の青檀の樹皮を骨とし、沙田稲わらを肉として、皮剥ぎ、浸漬、蒸煮、天日干しなど100を超える工程を経て、300日以上をかけてようやく白い紙料へと変わる。 

その成否を分ける重要な工程こそ、周さんが日々身をかがめて行う「紙すき」である。紙料の濃度は1回ごとに微妙に変化し、その都度、職人の手の感覚で角度と力加減を調整し、紙の厚みを均一に保つのである。 

周さんは、もとは生計のために始めた仕事であったが、30年以上を経て、すでに自分の人生の一部となっていると率直に語る。 

近年、彼は中国宣紙文化園で、来訪者に向けて宣紙の製法を解説し、実演を行っている。この古い技をより多くの人に知ってもらうため、涇県では宣紙文化をテーマとする観光パークエリアが整備された。ここでは一枚の紙が生まれる全過程を見学できるだけでなく、実際に紙すきや乾燥を体験することもできる。 

パーク内の「三丈三」超大型宣紙の製作工房では、水音はいっそう壮大に響きわたり、その合間に力強い掛け声が響く。44人の紙すき職人が巨大な紙槽の両側に並び、低く響く号令とともに一斉に力を込め、特製の巨大な簀桁を紙料の満ちた槽へ沈め、傾け、そして確実に引き上げる。雪のように白い紙料が大きな簾の表面に均一に広がり、ゆっくりと水が抜けていく。こうして長さ11、幅3.3にも及ぶ「三丈三」超大型宣紙が誕生するのである。2016年にギネス世界記録に認定された「世界最大の手すき宣紙」であり、その製作は極めて難しく、熟練の職人たちが数百回にも及ぶ息の合った連携を重ねてようやく完成に至る。 

紙すきと圧搾を経た湿紙は、隣の室温40度を超える乾燥室へと運ばれる。乾燥を担当する職人は松葉のはけを用い、湿紙を熱せられた乾燥面へ正確に貼り付ける。その動きは流れるように滑らかである。こうして一枚の宣紙が完成する。それは「蝉の羽のように軽く、雪のように白く、細絹のように揺れても音を立てない」と形容される。 

紙面に一滴の墨を落とせば、繊維に沿って自然ににじみ広がり、豊かな濃淡の層を生み出す。宣紙の繊維構造は「しなやかで潤いを保ち、光沢がありながら滑りすぎない」特性を備え、水墨をのびやかに浸透させると同時に、一筆ごとの力と気韻を確かにとどめる。ゆえに長い年月を経ても脆くならず、虫害にも強いのである。 

「白宣」に加え、涇県の職人たちは古来の技法を基に、鉱物や植物由来の染料を用いて、古代風の茶色、青磁色、緑がかった黄色など100種を超える「色宣」を生み出してきた。これにより芸術創作の表現はさらに豊かに広がっているのである。 

万年にわたり墨跡を保つ 

長い年月に耐えうる宣紙があれば、それにふさわしいのは同じく時を超える墨である。 

宣城績渓県上荘鎮のある工房には、また別の重厚な音が響いている。「ドン、ドン、ドン」と、重さ3.5の鉄槌が墨泥を打ち続ける鈍い響きである。低く規則正しいその音の中、空気には松煙特有の焦げた香りと、牛皮にかわのわずかな生臭さ、そしてほのかな薬草の清涼な香りが混じり合う。 

古希を過ぎた徽墨制作技術の継承者胡嘉明さんは、作業台の前で黙々と手を動かしている。両腕の筋肉を張り詰めさせながら、黒々とした墨泥を何度も打ち、折り、再び打つ。 

「原料の膠とすすをしっかり融合させるには、繰り返し打ち、練ることが不可欠です」と胡さんは語る。彼の言うとおり、徽墨の製作は「千回打ち、万回揉む」と言われるが、これは決して誇張ではない。良質な墨泥は、職人が何千回、何万回と打ち続け、ようやく滑らかで緻密な質感と内に秘めた光沢を得る。この「搗杵とうしょ」と呼ばれる工程は、十数にも及ぶ製墨工程の中で最も体力を要する作業である。 

徽墨の価値は、その「煙」(すす)に始まる。胡さんによれば、「最高級の徽墨は桐油煙墨です。桐油に漆や豚脂を加えて燃やし、そのすすを採取し、さらに伝統的な生薬配合を加えます。松煙墨も同様に、松の根を地中で燃やしてすすを取り、それに配合を施します」という。 

こうして集められた松煙や桐油煙は、牛皮を煮て作った膠とともに、さらに真珠、金箔、麝香じゃこう、氷片など十数種の貴重な材料と秘伝の配合で練り上げられる。これらの生薬は色と香りを添えるだけでなく、防腐防虫の効果も持ち、墨跡を長く新しいまま保つのである。 

成形された墨泥は、龍鳳や山水、詩文が彫られた木製の型に詰められ、所定の形に押し出される。その後、数カ月、場合によっては数年にも及ぶ「陰干し」を経て、墨は時間の中でゆっくりと性質を落ち着かせる。最後に職人が金粉を用いて、細心の注意を払いながら文様を描き上げるのである。 

こうした惜しみない手間と忍耐こそが、「手に取れば軽く、すれば清らかで、嗅げば芳しく、玉のように堅く、研いでも音を立てず、一点は漆のごとく、万年にわたり墨跡を保つ」という徽墨の千古不朽の名声を生み出したのである。中国古代の書画が長い年月を経てもなお墨色を保っているのは、まさに徽墨の力によるところが大きい。「一両の黄金に一両の墨」とまで称された徽墨は、すでに単なる筆記具の域を超え、書画彫刻造形芸術を兼ね備えた芸術品として、歴代の文人墨客に珍重されてきたのである。 

紙と墨――白と黒、柔と剛。この対照的な二つは、最も温潤で余韻深い形で、この土地に連綿と続いてきた詩書の伝統を永遠に定着させ、現代の私たちの前に示しているのである。 

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